第61回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動9周年記念〉
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あなたの望みはどんな顔?
みお
投稿時刻 : 2021.02.14 00:46
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あなたの望みはどんな顔?
みお


「あなたのお望みはどんな顔?」

 蔦に囲まれたその屋敷を訪れると、美貌の女主人がそう出迎えてくれる。
 それは雨降り森に伝わる伝説である。

「最近の若い魔女の子て、こういうことはされないでしう?」
 彼女は長い髪を指に絡めて、微笑む。
「使う魔法は、炎や水や……夢のないものばかりだもの。あら失礼。こんなことばかり言うものだから、錆びついた前時代の魔女……なんて、陰口を叩かれるんですけれど」
 樹齢千年を超えるミズナラの木を使たテーブルに、琥珀化したキノコの椅子。
 カプは蔦を絡めて作られた特製品。それに樹液のジスを満たして彼女は私にそと差し出した。 
 ……彼女は古いタイプの魔女である。
「私はどうしても古い生まれなので、自分にしかできない技でお客様をお迎えする癖がついてます。数十年前に、身につけた……変化の魔法」

 彼女は雨降り森のさらに奥に住む。百歳を超えるという魔女だ、
 彼女は顔を思い通りにかえることができる。
 死んでしまた妻の顔に。
 破局した愛人の顔に。
 懐かしい母の顔に。
 求められるまま、彼女は顔をかえる。今の顔は先客が求めた、踊り子の顔となていた。
 彼女はそうして生計を立てている。
 多くの魔女が町に出て都会で暮らす中、古い魔女たる彼女だけはこの森から離れない。

「人の子は、一度忘れられない人ができると、心にずとその顔を留めてしまうのですね。その顔を求めて、私のような魔女のところにやてくる……
 彼女の背後に積まれたものは、数々の宝石、貴重な絵画。
 しかし彼女はそれをすべて埃まみれで放てあた。
「きと人の子は奇跡を求めているんでしう。失た人の顔をした私を見て、奇跡が起きたとそう思いたいんだわ」
 とろけるような赤い唇が、魅惑的に微笑む。
「奇跡なんて、起き得ないのに」
「なかなか手厳しい」
 私は杖を机にたてかけて、樹液のジスをすすた。
 ……甘く懐かしい味がする。
「あなたの本当の顔は、どんな顔だたのでしうね」
 私が問えば、彼女は首をかしげる。
「さあねえ。もうすかり忘れてしまいました」
「またまたそんな」
「それくらい覚悟の上です。数十年前にこの術を身に着けてから、百回千回、1万回。望まれるままに顔を変えてきましたので。術を教えてくれた魔女の師は、もう二度と……生まれたときの顔を取り戻せない。奇跡でも起きない限り、と私に教えてくれました」
 彼女は喋りながら、顔をするすると変えた。厳しそうな女教師の顔に、やさしい年寄りの顔に。
「変化の魔女は自分の顔を忘れる。悲しいけれど、仕方のないこと」
「町に出ればもと効率的に稼げるでしうに」
「古い魔女は森を好むんですよ……それに約束がありますので」
 私は皺の寄た手を撫でて微笑む。
「興味深いですね」
……口が過ぎました。約束ではないわね。私が勝手に待ているだけですから」
 とんとんと、窓を叩く雨の音に彼女は目を細めた。
 この森は、いつもいつも雨が降ている。
「そうそう、本当の顔ですけれど……絵を描いてもらたことがありましたけ。騎士団付きの絵師のお弟子さんに」
 魔女は白い頬をなで、うつむく。
「ああ思い出したわ。私がまだこの術を習い始めた頃。絵を描いてくれたのです。その子の好みの少女の顔に変化をしてあげるといたのに、私の……そのままの顔が良い。なんて変わた子」
 私は自分の指を見つめる。指は数本切り落とされ、奇妙にねじくれたコブのようになている。
 長い戦いが私の指をこんな風に替えてしまた。
 しかし右手の親指と人差指だけは綺麗に残り、関節は大きく膨れている。
 長年酷使し続けた、私の愛おしい指だ。
「良い絵でしたか?」
「とても。でも少年は納得できないといて絵を渡してくれなかたの。そうね、あの時の絵があれば、きと自分の顔を忘れなかたでしうけど……意地悪な子。いつか必ず、届けに来るなんていて」
 彼女は寂しそうにほほえみ、そして雨の吹き付ける窓を見つめる。
「もう、何十年も前の話。私にとてはほんの数日前のことだけど、その子にとては人生のずとずと昔の話。もうすかり忘れているでし……それに戦争も何度もありましたし。とても無事とは」
 彼女は長い息を吐き、そうして顔を数度変えた。まるで自分の顔を思い出そうとするように、くるくると、華やかに。
 どの顔も魅力的だが私にとては精彩を欠く。
 私は真に美しい顔を、知ているからだ。
 
「そういえば、あなたの望む顔、まだお伺いしていませんでしたね」
 
 魔女はふと、思い出したように笑顔を浮かべた。
「あなたの思うがまま、お好きな顔に……
「では……こちらでお願いします」
 私はかばんの奥底から、小さなノートを取り出す。
 すかり色あせ、傷つき、角の欠けた小さなノートだ。
「こちらの、女性で」
 欠けた指でノートを開けば、そこに美しい女の顔がある。
 何十年もかけて、少しずつ……少しずつ書き足した女の顔だ。
 時を刻みつけるように描き続けたその絵は、あと一点で完成する。
 私はペンを握り、彼女の顔を見た。
「どうしても思い出せないのは、ほくろの位置です。一つだけ、ほくろがあ……それだけが、思い出せないのです。どうぞ慈悲深き魔女の方、私に真実の顔を」
 魔女の顔が驚愕に染まる。目を丸め、口を抑え、私の顔を見つめ……
「奇跡……が起きたわ」
 彼女は震える手で私の手を握る。その顔がゆくりと……くりと変化した。
 私の前で、彼女が顔を変える。
 そうだ、数十年前の奇跡が再び起きるのだ。
 
「あなたの望む顔は……
 
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