遠い夢の中
花火を見に来ていた。川の上流で花火大会をしていて、ぼくとお姉さんは並んで歩き、町の光に邪魔されない場所で、ぼくらはふたりだけ。
「花火はきれいだねえ。夜空に浮かぶ花だものね」
でも、花火を見て歓声を上げる瞬間の笑顔、輝きには叶わない。心には花火以上にお姉さんの笑顔が焼き付いていた。
大きな花火が連続で打ち上げられ、気持ちはさらに盛り上がる。楽しい時間はあ
っという間に過ぎ去っていき、クライマックスは近い。
終わりは突然に訪れた。無音と闇が続く。
「……終わっちゃったね」
こくりと頷いた。
お姉さんはそっとぼくの手を握って歩き出した。手を繋いだことは何度かあるけど、夜の散歩は初めてだ。お姉さんと会うときはいつもドキドキする。だけど今夜は、アスファルトと一緒に繋いだ手の熱で、もう沸騰しそうになった。
今、ぼくはお姉さんの部屋にいる。シャワーを浴びたぼくはお姉さんのワンルームでベッドの端に座っている。
お姉さんはまだシャワーを浴びている。今夜は友達と遊びに行くと言ったけれど、間違いではない。お姉さんとはまだ友達だから。今夜、これから、今から踏み出すかもしれないだけで……。
お姉さんの部屋をそわそわしながら眺めた。部屋の芳香剤は上品だし、掃除は行き届いている。時計は金魚鉢風のもので、モザイクの金魚の影が光を浴びて少しずつ動く。エアコンの風はお姉さんの優しさのように快適だ。
でも座っているベッドを考えると頭はまた沸騰する。薄手の毛布しかないベッドを見ると手が汗ばむ。これから何が起こるのかを考えると、よりいっそう……。
シャワーの音がふっと止み、しばらくしてお姉さんが半袖ピンクのパジャマで出てきた。バスタオルで髪を拭いている途中だった。
「スッキリした」
初めて見た艶っぽい姿とビールを飲んで見せた笑顔と吐息に、ぼくも喉を鳴らした。
「おっと、これはきみには早いぞ」
意地悪そうにビールを置いて言う。
頷いたけど、ぼくはもう一言も話すことはできない。
ひとしきり髪を拭いたあと、お姉さんはぼくのとなりに座った。ふわりと漂うボディーソープの香りがした。
「でも、こっちはもう……電気消そうか?」
お姉さんはぼくの手を広げて、手を合わせた。
――あの頃を何度も夢に見る。まるでもう一度あの日に戻っているように、心も身体もすべてを感じる。けれど、現実に戻ると夢は次第に輪郭を失っていき、まるで消えた花火のように色褪せてしまう。君がいた夏。