限定品のカップラーメンを手に入れた。角さん製麺のご当地ラーメンシリーズ「湯けむり温泉ラーメン、小口切りにされたネギの悲鳴と赤く染まる紅生姜、風味豊かな出汁の秘密、ゴマ粒だけがすべてを見ていた（通称、温泉ラーメン）」は超人気で、ネットで箱買いをする連中も多いと聞く。近くのスーパーでは売ってないので、自転車を飛ばして遠くの店まで買いに走ったほどだった。
　しかし、この温泉ラーメンには呪いがかけられていた。俺はまだそれを知らなかった。


　カップ麺の容器の薄いビニールに爪を立てる。カリッ、カリッ……。
「なかなか破れないな。ちょっとカッターで……あ！　突き刺しちゃった！　まずいなこれ、お湯が漏れるかも……（一死）。とりあえずセロハンテープで……」
　電気ケトルがシウウ……と蒸気を噴き出したところで、お湯をカップに注ぐ。コポコポ、と面の隙間に液体が満ちていく音が聞こえる。
「よし……うん、お湯も漏れてない」
　だが、お湯が足りなかった。（二死）。
「どうしよう、いくら少量でも沸くのを待っていたら時間がずれて……でもお湯が足りないと麺が固くて……ああ、どうすれば！」
　ふと、夕方に入った風呂のことを思い出し、風呂場にふらっと向かい、ふたを開けた。そしてしばらく湯船をじっと見つめた。何度かカップとお湯を交互に見つめる。
「いや、まさか！　いくら湯けむり温泉ラーメンでもそれはあまりに！」
　気の迷いは恐ろしい（三死）。結局、ケトルで少量、お湯を沸かせた。
　それから起こることはおおよその予想がつく。宅配便がやってきて時間を取られ（四死）、急に電話がかかってきたかと思えばラーメン屋だと思っている間違い電話で（五死）、突然の地震の発生、カップ麺はなんとか倒れずに済んだ（六死）。と、思いきや、スマホを踏んづけて液晶が割れて真っ二つ（七死）。
「……俺はただ、ラーメンが食べたいだけなのに」
　もうすっかり時間が経ってしまっていた。麺など伸びきっているに決まっている。
「まあ、ここまで来て食わないのは納得いかないからな」
　蓋をとめるシールを剥がし、シュルルル……と蓋を全部開いていく。
　突然、大量の湯気がカップから立ち上がり部屋中をラーメンのにおいで包んだ（いい香りだったのでノーカウント）。だが、そんな悠長なことでは終わらなかった。
「お呼びですか、ご主人様！」
　カップ麺の中から筋骨隆々の魔神が現れた（八死）。
「ご主人様が落としたのはこの金のコショウですか、それとも銀のコショウですか？」
「きみ、魔神でしょう？　間違ってない？」
「おお、ご主人様！　あなたは正直な御方だ。正直者のご主人様には願いを一つ、叶えて差し上げます」
「金の斧のやりとり、必要だったか」
　風呂の残り湯を使おうと思った人間にしては、急に頭が切れていた。ともかく、これは幸運というものだ。
　大失敗温泉ラーメンを超イケイケに仕立て直してもらわなければ！
「温泉ラーメン、完璧な出来のやつを頼む！」
「大富豪とかじゃなくてよろしいんですね、では温泉ラーメンを……」
　やっぱり俺はバカだった。
「ちょっと待って！　今のはなし、なし！！」
「わかりました、では『取り消し』という願いですね」（九死）
「え、ちが……」
「ご利用ありがとうございました」
　ラーメンの魔神はカップの中に帰っていった。

　これが温泉ラーメンを巡る九つの死に至る呪いだ。だがここまで耐えたことは、九死に一生、危機一髪といっていいただろう。温泉ラーメンはまだ食べられないことはない。麺がぼそぼそでも、すっかり冷めていても、気付いたらテープが剥がれてスープが少し漏れつつあっても……。
「ええい！」
　食べようとしたとき、気付いた。
「魔神の出汁が出てたりしないだろうな？」（十死）
　さすがにそれは無理だと、温泉ラーメンは流しに捨てられることになった。
　九死はなんとかなっても、十死は無理だ。

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