第65回 てきすとぽい杯
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湯けむり温泉ラーメン
投稿時刻 : 2021.10.16 23:25
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湯けむり温泉ラーメン
浅黄幻影


 限定品のカプラーメンを手に入れた。角さん製麺のご当地ラーメンシリーズ「湯けむり温泉ラーメン、小口切りにされたネギの悲鳴と赤く染まる紅生姜、風味豊かな出汁の秘密、ゴマ粒だけがすべてを見ていた(通称、温泉ラーメン)」は超人気で、ネトで箱買いをする連中も多いと聞く。近くのスーパーでは売てないので、自転車を飛ばして遠くの店まで買いに走たほどだた。
 しかし、この温泉ラーメンには呪いがかけられていた。俺はまだそれを知らなかた。


 カプ麺の容器の薄いビニールに爪を立てる。カリ、カリ……
「なかなか破れないな。ちとカター……あ! 突き刺しちた! まずいなこれ、お湯が漏れるかも……(一死)。とりあえずセロハンテープで……
 電気ケトルがシウウ……と蒸気を噴き出したところで、お湯をカプに注ぐ。コポコポ、と面の隙間に液体が満ちていく音が聞こえる。
「よし……うん、お湯も漏れてない」
 だが、お湯が足りなかた。(二死)。
「どうしよう、いくら少量でも沸くのを待ていたら時間がずれて……でもお湯が足りないと麺が固くて……ああ、どうすれば!」
 ふと、夕方に入た風呂のことを思い出し、風呂場にふらと向かい、ふたを開けた。そしてしばらく湯船をじと見つめた。何度かカプとお湯を交互に見つめる。
「いや、まさか! いくら湯けむり温泉ラーメンでもそれはあまりに!」
 気の迷いは恐ろしい(三死)。結局、ケトルで少量、お湯を沸かせた。
 それから起こることはおおよその予想がつく。宅配便がやてきて時間を取られ(四死)、急に電話がかかてきたかと思えばラーメン屋だと思ている間違い電話で(五死)、突然の地震の発生、カプ麺はなんとか倒れずに済んだ(六死)。と、思いきや、スマホを踏んづけて液晶が割れて真二つ(七死)。
……俺はただ、ラーメンが食べたいだけなのに」
 もうすかり時間が経てしまていた。麺など伸びきているに決まている。
「まあ、ここまで来て食わないのは納得いかないからな」
 蓋をとめるシールを剥がし、シルルル……と蓋を全部開いていく。
 突然、大量の湯気がカプから立ち上がり部屋中をラーメンのにおいで包んだ(いい香りだたのでノーカウント)。だが、そんな悠長なことでは終わらなかた。
「お呼びですか、ご主人様!」
 カプ麺の中から筋骨隆々の魔神が現れた(八死)。
「ご主人様が落としたのはこの金のコシウですか、それとも銀のコシウですか?」
「きみ、魔神でしう? 間違てない?」
「おお、ご主人様! あなたは正直な御方だ。正直者のご主人様には願いを一つ、叶えて差し上げます」
「金の斧のやりとり、必要だたか」
 風呂の残り湯を使おうと思た人間にしては、急に頭が切れていた。ともかく、これは幸運というものだ。
 大失敗温泉ラーメンを超イケイケに仕立て直してもらわなければ!
「温泉ラーメン、完璧な出来のやつを頼む!」
「大富豪とかじなくてよろしいんですね、では温泉ラーメンを……
 やぱり俺はバカだた。
「ちと待て! 今のはなし、なし!!」
「わかりました、では『取り消し』という願いですね」(九死)
「え、ちが……
「ご利用ありがとうございました」
 ラーメンの魔神はカプの中に帰ていた。

 これが温泉ラーメンを巡る九つの死に至る呪いだ。だがここまで耐えたことは、九死に一生、危機一髪といていいただろう。温泉ラーメンはまだ食べられないことはない。麺がぼそぼそでも、すかり冷めていても、気付いたらテープが剥がれてスープが少し漏れつつあても……
「ええい!」
 食べようとしたとき、気付いた。
「魔神の出汁が出てたりしないだろうな?」(十死)
 さすがにそれは無理だと、温泉ラーメンは流しに捨てられることになた。
 九死はなんとかなても、十死は無理だ。
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