てきすとぽい
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第6回 てきすとぽい杯〈途中非公開〉
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緩めの生クリームがお好き
(
豆ヒヨコ
)
投稿時刻 : 2013.06.15 23:42
字数 : 1691
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緩めの生クリームがお好き
豆ヒヨコ
私はカウンター
下のラ
ッ
クから、直径25cmほどのガラスボウルを取り出した。次いで蛇口をひねり、8分目くらいを目指して水を注ぐ。
「お
っ
と」
ボウルは思いのほか重くなり、支えている左手からシンクへなだれ落ちそうにな
っ
た。と
っ
さにカランに添えていた右手を差し出し、難を逃れる。うかがうようにチラと振り向くと、大叔母が待ち構えたようにニ
ッ
コリ笑
っ
てみせた。
「ユキさん、何事もていねいに、心をこめて頂戴ね」
はー
い了解で
ぇ
す。私も、マ
ッ
クス朗らかな笑顔をつく
っ
て応える。心の中で大きく舌打ちしながら冷凍庫を開け、買
っ
ておいた大袋入りの氷を取り出した。キ
ッ
チンばさみで封を切る手ももどかしく、水をはねかしながら先ほどのボウルに氷を放り込んでいく。
ああ、なんでこんなことをしているんだろう。こんなときに?
考えても仕方がないとは分かりつつ、私はイライラを抑えられなか
っ
た。すべては金のせい、大叔母が大金持ちなせいだ。
FXで全財産を失
っ
た夫に残されたのは、恐ろしいほどの執念だけだ
っ
た。2億という負債額に腰をぬかし、勤めているスー
パー
のレジ打ちで返すとしたら何年かかるか計算しては奈落の底に突き落とされている私を尻目に、夫は余裕のある親戚 ―絶縁されている夫のではなく私の― につけいる隙はないかと血眼で探していた。
大叔母はやはり借金で勘当されていた祖父の妹で、宮家の末裔に嫁いだ。夫を病で早くに亡くし、大戦後にい
っ
たん没落はしたものの、資産運用の才に恵まれ今では長者番付に載るほどだと身内ではも
っ
ぱらの噂だ
っ
た。
まずは正攻法だと突撃した私たち夫婦を、大叔母はイギリス式にもてなしてくれた。美しいテ
ィ
ー
カ
ッ
プに熱々の紅茶が注がれ、近ごろ食べるものにも困
っ
ていた私たちは、むさぼるように焼きたてのスコー
ンをほおば
っ
た。
「それで、お金を用立ててほしいというのね?」
大叔母は気の毒そうに眉をひそめながら確認した。
「そうなんです、もうに
っ
ちもさ
っ
ちもいかなくて」
夫は、端正な顔つきをゆがめて懇願する。一見誠実そうに見えるところがかつては大好きで、今は憎くて仕方がなか
っ
た。
「そうねえ。でもねえ、お友達じ
ゃ
ない人にはお金を貸さない
っ
て、旦那様に約束してるのよ」
約束。死ぬ間際に言い交わしでもしたのだろうか。まるで別世界のような大叔母の態度に、怒鳴りつけたい感情を必死で抑え込む。
「でも応援したいわ。血がつなが
っ
てるんですもの。そうだわ!」
子どもじみた声で、大叔母は嬉しそうに手を打
っ
た。
「わたくし、スコー
ンが大好物なのよ。一番好きなのはね、かたく香ばしいスコー
ンに、緩めに立てた生クリー
ムを添えたものなの」
ぽかんと口をあける私たち夫婦に、大叔母はトロリと流れるようなクリー
ムを見せる。藍色の深皿に盛られたそれは、バター
ほどこ
っ
てりせずホイ
ッ
プクリー
ムほど軽くなく、確かに美味しそうだ
っ
た。
「ええとユキさんだ
っ
たかしら? ぜひ私のためにクリー
ムを泡立てて頂戴。ぴ
っ
たりの泡立て加減にして頂けたら、私たちはもう気のおけないお友達よ。そうなれば幾らでも融資してさしあげられるわ」
一世一代の勝負は、その3日後、つまり今日に定められた。私はひとまわり小さめのボウルを氷入りのボウルに重ね、慎重に生クリー
ムを注ぐ。
ちらりと夫を見た。すらりとした体をスツー
ルに預けて、緊張しき
っ
た表情でこちらを睨みつけている。ふいに、この勝負が終わればこの男とも終わりだろうという気がした。馬鹿げた気まぐれに人生をかけなければならないなんて、どこまで捧げつくさなければならないのだろうと虚しくな
っ
たのだ
っ
た。
泡だて器をクリー
ムから抜き取
っ
た瞬間、私は自由になる。
そう思うと、一気に肩の力が抜けた。借金のことも一瞬忘れた。まだ液状のクリー
ムに泡だて器をつ
っ
こみ、私はいよいよ腕を動かし始める。
ふわふわでもなくこ
っ
てりでもない、あの柔らかい舌触りを求めて。大叔母の微笑む様子が目の端に映
っ
た。彼女はすべてを知
っ
ているのかもしれなか
っ
た。
「さあ、食べさせて頂戴!」
大叔母が最高の笑顔をつくり、スコー
ンを大きくちぎ
っ
てクリー
ムをのせた。私はそ
っ
と目を閉じた。
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