第8回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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世界遺産シリーズ1 狂王からの贈り物
投稿時刻 : 2013.08.18 04:31
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世界遺産シリーズ1 狂王からの贈り物
伝説の企画屋しゃん


 露店の主は、王の生まれ変わりだという。
「わたーし、人をたくさん殺してきた。だから、シに幸運さずけまーす。このぽい、どぞどぞ」
 ビーチパラソルの下には、年季が入た金だらいが一つ。
  中を覗き込むと、暑さにやられた金魚が数匹、息も絶え絶えに泳いでいた。
「シ、お金の魚、いぱい。さ、やてみて、やてみて」
 気付けば、わずかばかりの代金と引き換えに、私はぽいを受け取ていた。
  王の生まれ変わりを名乗るだけあて、商才がたくましい。
  ぽいには、見慣れない文字が描かれている。
  聞けば、この国の言葉で「財」を表すらしい。
  ビーチパラソルの脇にはのぼりが立ており、英文で「Scooping Moneyfish」とある。
  一体、どこでそんな悪知恵を身に付けたのか。
  男は金魚を金運のある魚と称し、さらに縁起をかつぐぽいで客を呼び込むのを生業としているようだた。

 ここがまだ、日本や風水文化のある中国なら分かる。
  が、私がいるのはそのはるか南西、スリランカ。
 私はある決意のもと、この国を訪れた。
 父王を殺し、弟の報復を恐れて、巨大な岩山へと逃げ込んだ男の居城。
 世間ではシギリヤ・ロクと呼ばれる世界遺産の観光へ来たのだ。
 生きる気力が完全に尽きるその前に、親族との戦いから気がふれた王の生きざまを垣間見たかた。
 もはや私を慰めてくれるのは、このシギリヤの岩しかないのではないかと思たのだ。

 しかし、その岩の前の広場には、件の男が飄々と露店を構えていた。
 シギリヤの岩を世間に知らしめているのは、実は狂気の王の人生ではなく、艶やかな天女の壁画だ。
 心を病んだ王を慰めるために描かれた天女たちは、今や主人を差し置いて、この居城のホストとなている。
 非業の最期を遂げた王を悼む者など誰一人としてなく、それならば貧相な姿の金魚すくいに生まれ変わたのも納得だ。
 
 そうして男に勧められるまま、ぽいを手にした私だが、不思議なことにその瞬間から生きる希望が湧いてきた。
 このぽいに、「夢」や「恋」などと描けばどうなるか?
 そして上手く金魚をすくえたら、願い事がかなうとしたら?
 旅行カバンを足元に置き、いけるな、と私は意気込んだ。
 商機はここにあり。金さえあれば、身内に頼らずとも暮らしていける。 
 が、気付けば、足元のカバンが消えていた。
 スリランカに来たけど、スリなんか?
 半分泣きながら、文字入りぽいのネーミングはテキストぽいだな、とつぶやいた。




 
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