夜の海を走っている。軽トラを金魚に牽かせて。運んでいるものが金魚なんだから、こいつらに牽かせればいいっていう簡単な理屈。
　あたしは黒猫のエルと一緒にお祭り用の金魚を運んでいる。
　そんで浜辺に上陸したら、めそめそした少年がいたんだ。
「何故、泣いていた？」
　あたしの肩にぶらさがっていたエルが言う。
「猫がしゃべった」
「この街では猫がしゃべらない？」エルが尋ねる。
　この少年はいろいろ混乱したらしい。金魚の運び屋にもしゃべる猫にも会ったこともないんだって。今時、めずらしい子だ。
　あたしは指をぱちっと鳴らす。砂浜でぴちぴちしてた金魚たちが飛び上がって、荷台の水槽に入っていった。
「金魚を運ぶのに猫はいいの？　食べちゃわないの？」
「猫が金魚を食べちゃうからエルがいるんだよ」あたしが言う。「話が通じる奴ばっかならいいんだけどね。話が通じない奴には猫同士で話してもらう」
「この街の猫はおしゃべりできないみたいだしね」エルが言った。
　エルが話しかけると少年はぽつぽつ話をしてくれた。
「いじめられてるんだ」
「ああ、そう」
「助けてよ」
　なかなかおもしろいことを言う。ただの金魚の運び屋さんに何を期待しているのか。
「ガッコの先生にいいなよ」
「それがいいね」エルも言った。
「だって魔法が使えるじゃん」
「使えないけど」エルが言う。
「金魚」少年が言う。
「あれは魔法じゃない。あたしにできるのは次のお祭りで金魚掬い放題ぐらいかな」

　あたしとエルは車の中でぼーっとテレビを見ていた。金魚に牽かせているので運転は放置安定。黒い出目金、デメ太郎を泳がせて、でかい目をカメラ代わりに中継していた。
　少年はいじめっこと金魚掬いで勝負することにしたらしい。
「ずるくない？」あたしはエルに言う。
「目的は勝負じゃない」
　まあねえ、目的はいじめから逃れること。
「お、少年の番」
　というところで映像がぐわわんと動いた。デメ太郎、無関係の人に掬われ、連れてかれる。
「ちょっと−、いいところでしょー」
「結果はわかってる」エルが煮干しを食べながら言った。「これだけでいじめが解決するとも思えないしね」
「エルは冷たい」
「夏に熱いよりはいい。リンゴ飴みたいな静けさが好き」
　テレビのスイッチを切った。
「ところでなんで空を飛んでいる？」エルが尋ねた。
「気分、気分」
　運んでいるのが金魚なんだから、こいつらに牽かせて飛べばいいっていう簡単な理屈。夜空を飛ぶのは気持ちいいし。
「よーそろー」

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