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第8回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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金魚売
 投稿時刻 : 2013.08.17 22:41
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金魚売
松浦(入滅)


「ねえ! 昨日わたし見たよ」
 バン! と、僕の机に両手をついた下村優花が開口一番にいた。
「あの金魚売のおじさん、昨日も全然売れてないのに、ちと笑てて……。それで正体を突き止めてやろうと思て追いかけたんだから!」
「ふーん」
 朝の教室で、僕の席にやてきて武勇伝を語るクラスメイトに、心底ドウデモイイという感じの返事をする。
「あー! その顔は信じてない時の顔だ!」
「失礼だな。これはふつうの時の顔だ。平常だ」
「信じてたら、ヘイジウなんかでいられないはずでし?」
 優花はいそう身を乗り出し、「べつに」という感じの僕に迫る。
「じあ聞くけどさ。あの金魚売のおじさんは、どこに帰て行たの?」
 僕は問題の本質をつく。
 そもそも全ては、優花の「売れ残た金魚は安くなるに違いない」という思いつきから始またことなのだ。目下、彼女の関心はアクアリウム作りにあた。
「いや……。えとね、見つけたんだけど、途中で見失て」
「どうやたら、あんなゆくり歩いているのに見失うんだよ?」
「だてあのおじさん、ずとトイレにも行かないし、飲み物も飲まないし」
「それで結局アレだろ? どこから来てどこに帰て行たかはわかんないんだろ?」
「う、たくんのイジワル……
 この季節、近所を歩き回ている金魚売のおじさん。
 あの人は、どこの誰なのか? それを語るのが、僕らの小学校でちとしたブームになていた。
「でもね、5時間目が終わてすぐなら団地の広場にいると思う」
「なんで?」
「団地のおばあちんが、そういてたから」
 僕は放課後はたいてい図書室に行くから、そういうことは知らない。
「ね、行こうよ!」
「どこに?」
「今日こそ、おじさんの隠れ家を突き止めよう!」
 優花は一人で「おー!」と手を突き上げている。
「でも僕、掃除当番」
「じあ、広場で待ち合わせね」
 そんな勝手なことをいて、優花は自分の席に戻ていた。

 放課後。
 掃除を終えた僕は一人家路につく。
 広場には行かない。団地には近づかない。
 誰もいない家に帰り、無数の水槽に包まれてぼんやりと過ごす。
 優花は約束を破たといて怒るだろう。でもこれでいいんだ。
 やがて「ただいま」という声とともに父が帰宅した。「さあ、高橋熱帯魚店の開店時間だ」などといいながら、両側を水槽に挟まれた狭い通路を器用に歩く。
 そして、売れ残りの金魚を数匹取り出し、ピラニアの水槽に放り込むのだた。
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