第9回 てきすとぽい杯
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投稿時刻 : 2013.09.21 23:42 最終更新 : 2013.09.21 23:44
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- 2013/09/21 23:44:37
- 2013/09/21 23:44:10
- 2013/09/21 23:42:34
我が家のヒーロー
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中


 実家の引越しをするので片づけを手伝えと、母親から命令された。ちうど大学の夏休み中で、サークルにも入らずアルバイトに精を出すくらいしかやることがなかた俺に断る理由はなかた。
 父は海外赴任中で、実家には母が一人で住んでいた。俺が一人暮らしをする前、実家に住んでいた頃は父もまだアメリカに行く前で、なんとも狭苦しく小さい家だと常々思ていたものだが。母一人には家は広すぎるように思えた。元来母はきれい好きで、何かと散らかす俺と父がいないので部屋はがらんとしていた。
 久しぶりに帰てきた俺を迎えた母に、「引越しなんていつ決めたの?」と訊いた。
「またく訊いてない気がするんだけど」
「そり、この間初めて言たんだもの。急に決またのよ。来週には引越すわ」
「どこに」
「東京」
 純粋に驚いた。
「家賃払えるの?」
「お母さんの仕事の都合だから大丈夫」
……ていうか、いつから働いてるんだよ」
「この半年くらいかしら。ささ、時間もないし、とりあえずお父さんの部屋、片づけておいてもらえる? お父さん、引越しまでには帰てこれないから、荷物は全部詰めちていいから」
 なんだかよくわからないが、俺は二階の和室にある父の荷物を整理することになた。段ボールはすでに山のように用意され、廊下を半分塞いでいた。
 八月に入たばかりで、冷房をいくらきかせても体を動かしていると汗がとめどなく流れた。本棚に並んでいた小説やら新書やらを適当に詰めるのは三十分足らずで終わり、次は衣装ケースの中身に着手することにした。
……なんだこれ」
 衣装ケースの中で、礼服やグレーのスーツになんだか異様なものが混じていた。蛍光グリー――ミントグリーンとでもいうのか――で、てかてかした素材。
 引ぱり出して、絶句した。
 よくある五レンジ的な、戦隊ヒーローにありがちな、全身タイツのようなスーツだた。
 背中の部分にフスナーがあり、そこから体を入れるようになているらしい。胸元には反射板のような素材でVの字の模様があり、頭の部分はつるんと丸く、目元は黒いサングラスのようになていた。内側から見てみると、視界は思たよりもクリアだ。口元も生地が薄くなていて、呼吸しやすいようにかメ素材になていた。
 なんだこれ。なんなんだ。
 そのとき、階下から母が呼ぶ声がした。
「お昼ごはん用意してあるから、切りがいいところで下りてきなさーい」
 子どもの頃みたいだな、なんて思た俺は、このとき子ども的な発想を思いついた。これを着ていて、母を驚かせてやろう。
 Tシツとジーパンを脱いで、トランクス一枚になて戦隊スーツに両足を入れてみた。スーツの足の部分はブーツになていて、普通に靴を履いているのと変わらない感触だた。よくできている。そのままスーツを腰まで引き上げた。ぴたり。父は俺よりも五センチ以上身長が低かたはずだが、足の長さは一緒だということなんだろうか。ちと悲しくなたが、俺はめげずに両腕、頭とスーツを着て、手を背中に回してフスナーを上げた。
 スーツは伸縮性に優れているのか、俺の体に完全にフトした。
 この真夏にこんな全身タイツを着るなんてどうかしていると思いつつも、スーツを着てもまたく暑さを感じなかた。通気性もいいのかもしれない。
 俺は意気揚々と階段を下り、母が待つリビングに顔を出した。
……いい年して、何やてんの」
 母の視線は思いのほか冷たく、スーツの中で顔が熱くなた。おるとおりでございます。
「それ、お父さんが宴会芸で使てた奴ね。それじ、焼きそば食べられないでし。早く脱いできなさい」
 しんぼりと俺は二階に戻り、スーツを脱ごうとして背中に手を回した。が。
 手に、何も引かからない。
 鏡の前に立てみたり、しがんでみたりしたが、両手は背中の上をつるつると滑るばかりだた。
 背に腹は代えられず、俺は再び一階に戻り、恥を忍んで母に助けを求めた。が。
「これ、どうやて着たの?」
 ウケる、なんて、母はケラケラと笑いだしてしまた。
「面白いからこのままでいなさいよ」
 なんて、冗談じない。
「脱ぎ方わからないなら、お父さんに訊いてみれば?」
 時刻は正午を回たところだた。父がいるワシントンとの時差はマイナス十三時間。俺は迷わず母に聞いた電話をかけた。
「スーツの脱ぎ方?」
 久々に話す父は、いやに陽気だた。もともと口数が多いタイプの人間ではないのに、最近どうだ、彼女はできたか、なんて饒舌に訊いてきた。酔ているのかもしれない。ワシントンは今午後十一時だ。
「そり、正義のヒーローのスーツだ。決まてんだろ」
 父はもたいぶたように少し間をおいた。
「人のためになることをしなきダメだ」
 ……は?
「人助けをしろ、人助け。実はな、そのスーツ、お父さんが若い頃、宇宙人にもらたものなんだ」
 何を言ている、この酔払いは。
「宴会芸で使た奴だて聞いたけど?」
「何を言う! それは、人助けをするためのスーツだ。だから、一定量の人助けをしないと脱げない仕組みになている」
 俺は反応に困てしまい、答えられないでいたら「じ、がんばれや」と電話は切れてしまた。おい、とかけなおすが出る気配はない。
 父の話を伝えたら、へ、と母は笑んだ。
「面白いじん。人助けしてきなよ」
 おい、夫婦揃て何を言ている。
「人助けしてたら誰かが助けてくれるかもよ?」
 母はぴしと俺を指さした。人をやたらと指さすのは母の昔からの悪いクセだ。ま、それはともかく。ちと待て、その前にお前が助けろ。
 なんて抗議する間もなかた。これも修行の一環だ、なんて、母はレンジスーツ姿の俺を家の外に追い出してしまた。ぴしりとドアが閉められ、鍵までかけられてしまう。
 困た。

 人が多くない片田舎の住宅街だたのがまだ救いではあた。この格好で渋谷のスクランブル交差点にでも放り出されたらたまたもんじない。とはいえ、どうしたものか。
 人助けをすればいいのか。
 なんて、思てから地団太を踏んだ。ふざけるな。
 と、そこで俺は名案を思いついた。父には悪いが、ハサミでこのスーツを切らせてもらおう。
 実家住まいを続けているはずの地元の友人何人かの顔を思い出し、俺は颯爽と駆けだした。
 駆けだして、五分も経ていなかた。
 道の真ん中で、小さなおばあさんが倒れていた。
「大丈夫ですか?」
 思わず声をかけ、顔を上げたおばあさんが俺の姿を見て目を丸くして、自分の格好を思い出した。逃げ出したい。が、倒れているおばあさんを見捨てるわけにはいかないし。
 転んで足を挫いてしまたというおばあさんを俺はおぶり、家まで届けてあげることにした。
 おばあさんの家はすぐ近くだた。娘さんご夫妻が、あらあらまと俺を迎えてくれた。
「なんてお礼を言たらいいのか……
「いえ、ただの通りすがりのヒーローなんで」
 それでは、と俺は再び駆けだした。自分でヒーローなんて言てしまたことが恥ずかしかたが、まよし。
 道行く人が、俺の姿を見て目を丸くする。女子高生には笑われた。あもうくそ、どうせ俺だてわからないんだからどうにでもなれ!
 友人の家まであと少し、というところで、小学生くらいの女の子に遭遇した。
「助けて!」
 嫌な予感しかしない。
「ミーコが下りてこないの」
 女の子は民家の塀の上を指さした。首輪をした、茶色い猫が座ている。
「ヒーローなんだから助けてくれるでし!?」
 ヒーローなんかじないと主張したかたが、色々と面倒なので俺は猫に手を伸ばすことにした。が。
 猫は俺の気配を察したのか、猫はふんと俺を鼻であしらうような顔をして塀から飛び降り、駆けだしてしまた。
「早く追いかけて!」
 女の子に命令されるまま、俺は猫を追いかけた。くそう。
 猫は飼い猫であることを主張するかのようにぶよぶよに太ているのに、足は驚くほどに早く、見失わないようにするので精いぱいだた。角をいくつか曲がり、あれ、と俺は足を止めた。見失てしまた。
 ま、小学生の女の子もついでにまいてしまたようだし、もういいか、と思たところで気づいた。
 俺は町内に数えるほどしかないコンビニの駐車場に立ていた。そして、ガラス張りのコンビニに視線をやて。
 コンビニ強盗を目撃した。

 覆面姿の男が、包丁をレジのお姉さんにつきつけていた。客も二人くらいいたが、主婦と中学生くらいの少年で、包丁を持た体格のいい男に手出しできないようだた。
 これは、まずい。警察に通報しなくては。
 と思たところで、気づいた。携帯電話が手元にない。
 でもてさらに悪いことに、青い顔をしたお姉さんが、こちらを向いた。
 「あ」と言たのがその口を見てわかた。強盗も、お客さんもこちらを向く。
 ……もう、どうにでもなれ。
 戦隊スーツを着て、ヒーローだなんて名乗てしまて、もしかしたら俺は舞い上がていたのかもしれない。う、と声を上げ、コンビニの自動扉をくぐり、中に突込んだ。
 この真夏だというのに毛糸の覆面をした強盗が、ますぐに俺に包丁を向けて突進してきた。が、正義のヒーローが包丁などで屈するものか!
 俺の体は、俺の意思など関係なく、ふわりと浮いた。くると回て強盗をやりすごし、覆面の頭に蹴りを一発入れてやる。
 うが、と強盗は呻いて倒れた。
 沈黙。
 次の瞬間、コンビニは拍手と歓声でいぱいになた。正義の味方だ! ヒーローだ! ありがとうございます! なんて……照れる。
 と、てへと照れた俺は、自分の足元を見て、気がついた。
 浮いている。足が十センチくらい、床から離れている。
 今更ながら、父の言葉がよみがえた。宇宙人からもらたスーツ。俺が空なんて飛べるわけはない。
 まさか……本当に?
 と、そのときだた。
 茶色い猫が駐車場の方に現れた。はとして俺はコンビニの外に出て、猫に抱きついた。猫はふに、と不満を漏らしたが大人しく俺に抱かれている。
 少し遅れて、小学生の女の子がやてきて、猫を抱えた俺に気づいて嬉しそうな声を上げた。
「ありがとう!」
 俺はしがみこんだまま、女の子に猫を返した。と、猫を抱えた女の子が俺の背中を覗き込んだ。
「フスナーがあるの?」
 女の子は俺の許可も得ず、フスナーに手をかけ、そして一気に下ろした。
 ……脱げた、のか?
「よ!」
 脱げかけのスーツを着たまま、思わず立ち上がてガツポーズをした。が、気づく。
 さき俺、浮いてなかたか?
 そのときだた。目の前に、ピンク色の何かがふわりと着地した。ふわとしたスカートのついた、ピンク色の正義のヒーロー。ピンクレンジ
「ま、初めてにしては合格ね」
 ピンクレンジのその声は、あまりに聞き慣れたものだた。
「ちと待て……と待て! なんで飛んでんだ、オフクロ!」
「実はね、今の職場て、結婚前に働いてたところなの。言わなかけ? お父さんとの出会い」
 知ている。会社の宴会で酔ぱらた父を、通りすがりの母が介抱したのがきかけと聞いた。まさか。
「宴会芸で戦隊ヒーローの格好してるお父さんに惚れちて、私、現役のヒーロー引退したの。でも、お父さんもいないし、またやるのもいいかなて」
 ピンクレンジはスカートをふりふりさせ、てへと笑んだ(ように見えた。実際は表情は見えないけど)。
「現役のヒーロー……
「そういう能力がある一族なのね、私の家系。だから、あんたにもその素質があてわけよ」
 ピンクレンジはすと俺に手を差し出した。
「どう? 私と一緒にアルバイトしない? 今、人出が足りないの」
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