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第10回 てきすとぽい杯〈平日開催〉
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完全体サイボーグ
 投稿時刻 : 2013.10.18 23:43
 字数 : 2739
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完全体サイボーグ
小伏史央


 ロボトの集合的無意識――といえば聞こえはいいが、それは単に、「ロボト三原則はもう古い」という危険極まりない言辞に対する抑制策のようなものでしかない。
 時の流れとともに人間の体には「代替」が利くようになていた。はじめは労働力の代替、すなわち人間が椅子に座ている間に、無機質なロボトが作業をこなしていたものだ。ところが次第に、代替というものは人間の体、文字通り体そのものを欲するようになた。義足、義手、視力を保た義眼、皮膚の代わりとなる保護フルム、血流循環器……、それらははじめこそ、人間の作業効率を補うにとどまていた。
 サイボーグとアンドロイドの違いが曖昧になたのは、ほんの数年前のことだ。人間の体一部を、改造し機械に代替するのがサイボーグ。はじめから人間ではなく人工的に作られた人間型ロボトがアンドロイド。それらは原初に「人間」が介しているか否かにおいて、けして混同することのないカテゴリにあるはずだた。
 しかしほんの数年前に、境界線は踏み越えられる。体のすべての部分を、機械に代替した人間が現れたのだ。腕と脚、目と鼻と口と耳、五臓六腑からついには脳まで、徐々にその人間は完全なるサイボーグへと変貌を遂げていた。成功者がひとり出るだけで、枷は外れてしまう。サイボーグとアンドロイドの差異は――いや、人間とロボトの差異は、闇のなかに放り込まれてしまたのだ。
 事態に対する危機意識は、少なからずどの人間もいだいていたことだろう。実質的に、サイボーグとアンドロイドにまるで違いがない。アンドロイドが演算子法に則て表情を作り上げるのに対し、完全体のサイボーグは記録媒体から表情の記号を表出した――それは本質的に同じことでしかない。
 筆者含める「人間」側は、その不気味な現象への対応に迫られた。いや、「人間」側という言葉も、今では不安定で実感がない。この事態に対して、疑問を示さず、問題視しなかたのは、アンドロイドは無論のこと、完全体サイボーグもだたからである。
 ――さて、冒頭一行目に立ち返ろう。「ロボトの集合的無意識」。この存在を確認したときの、われら人間の喜びは計り知れない。
 集合的無意識、言い換えれば、「心の原型」とでもなろうか。心のないロボトに心の原型だなんて、ナンセンスかもしれないが。アシモフから続くロボトの大原則、〝ロボトは人間を傷つけてはならない〟――これは心の原型として、人間に広く浸透していたのである。まさしくそれが完全体サイボーグとアンドロイドの違いであり、この問題の解決策であた。完全体サイボーグは、人間ではなかたのである。
 少し複雑な話になるが、「人間」である段階から深層心理の奥の奥まで保存された約束事は、「人間」の部位をすべてなくなたとしても残るようである。それは心というありがたみのあるものではなく、おそらく最後の「人間」の部分が、サイボーグ化された脳と同期したものと考えられるが、詳しいことはいまだ分からない。重要なのは、サイボーグは人間の部位を完全に失た時点で、「人間を傷つけることができなくなる」。実質的にロボト三原則の第一条が適用されるのだ。
 であるから、長々と書いてしまたが、この問題は人間の危機なんてものではなかたのである。そこにあるのは、悲しき「個人」の死に他ならない。効率化を極めすぎると、ついには人間として死を迎えてしまう。人間諸君は、死を迎え第二の誕生を果したサイボーグを、恐れることはないのである。むしろ優しく迎え入れてやり、「人間」という枠組みを取た、新たなる生活体制が必要ではないだろうか。
 それにしても、この真実が明らかになた現在でも、完全体サイボーグ化する人間がさほど減らないのは、どういうことなのだろう?
[EOF]
   * * * * *

 ここで筆をおいた。おれはぐと両手を伸ばす。
 あーつかれた。おれは椅子から立ち上がり、屈伸をした。膝がこわばている。
 一仕事終えたら、なんだか急に腹が減てきた。たしか食品保存庫に納豆があたはず。でもあんまり発酵食品て好きじないんだよな……。お、あたあた。おれは目的のものを取り出して、食品庫の扉を閉める。
 ――と、扉の裏に、そいつはいた。
 全身がこわばるのを感じる。さきほどの膝の具合とはまたく違う。
 あ、いや。なにを怖がているんだ。怖がるものではないて、さきそんな原稿を書いたのは他でもないおれだぞ? なにを怖がているんだ。目の前の完全体サイボーグに。
「どこから入た。不法侵入だぞ」
 そいつは、女の造形をしていた。おれよりも高い背、長いブロンドの髪、つややかな白い肌、強調された胸部……そのどれもが、代替を受けた作り物にすぎない。一時期流行したときに念のために買ておいた生体反応機は、食品庫のうえで「1」という数字を示している。この部屋にいる「人間」が、おれひとりということの証拠だ。機械は嘘をつきはしない。
……ふん。まあ人間の法律を、サイボーグに言うのもおかしいよな」
 目の前の彼女は、まだ怖い顔をしておれの顔を見つめていた。無機質な表情。媚びた表情でも作ればいいものを、彼女の頭脳はおれの前では無表情でいいと判断したらしい。癪だな。
「ささと出てけよ。おれは納豆を食うん――
 おれの右手が飛散した。
 納豆が頬にこべりつく。
 おれは叫んだ。叫んで走た。膝の具合は気にならなくなていた。空腹なんてもてのほかだ。部屋を出る。こける。膝をうつ。痛くない。立ち上がれ。る。
 廊下を走る。逃げる。階段を駆ける。逃げる。アパートを出る。逃げる。
 なぜだ、なぜだ。あれは確かにサイボーグだた。完全体の、非人間だた。
 集合的無意識なんて、なかたのか。くそたれめ。またこける。今度は痛みが拡がた。
「なぜだ、なぜだ、なぜだ!」
 後ろを向くとあのサイボーグが悠々と近づいてくる。まるで狩りでもやているみたいだ。おれが、狩られる、動物か。
 サイボーグが、手の平をおれに向ける。そこから弾丸を出すのだろう。いやだ、いやだおれはまだ死にたくないんだ!
 飛び上がて彼女に覆い被さた。おれの右足が飛び散た。おれは無我夢中で彼女の髪を掴んだ。あけなく髪は取れた。カツラだたらしい。体を地面にぶつける。
 ああ、おれはここで死ぬのか。
 納豆、食いたかたなあ。でも発酵食品はな
 しかし。
 彼女は戸惑たようにそこに立ち尽くしていた。なにがおこたんだ。殺さないのか。殺さないならどか行てくれ。おれを殺さないでくれ!
 その声が届いたのか、彼女は静かにそこを去ていた。
 左手が掴んでいるカツラが、人毛でできていたのだと気付くのは、もう少し後になてからのことだ。
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