第10回 てきすとぽい杯〈平日開催〉
 1  12  13 «〔 作品14 〕» 15 
ぼくとフィルムと発酵と
投稿時刻 : 2013.10.18 23:44 最終更新 : 2013.10.18 23:48
字数 : 1681
5
投票しない
更新履歴
- 2013/10/18 23:48:05
- 2013/10/18 23:44:45
ぼくとフィルムと発酵と
豆ヒヨコ


「また失敗だ」
 ぼくは真暗な気持ちでつぶやく。
「明らかに向いてないんだ」
 フルムは瑠璃色の目をちらりと上げた。しかし何も言わず、ぼくの手のひらに包帯を巻く作業に戻る。
 先ほどの狩りは熾烈をきわめた。丸太ほどに太い爬虫類の前脚が、ぼくを殴ろうとしていた。腰の万能ナイフを取り出そうとして、ぼくは親指と人差し指の間をザクリ切てしまた。鮮血が散た。今度こそ死んだと思た。しかし意識は遠のかなかた。もちろん、フルムの奴が衝撃波で援護射撃してくれたのだ。ドラゴンは断末魔の咆哮を上げる。真紅の鱗を、花弁のように散らしながらのしと倒れる。その地響きに足をとられ、ぼくは転んで頭を強く打つ。気絶。終了。
 このたびの戦闘も、ぼくの行動とは関係なく始まり、関係なく終わた。 
「なぜ、ぼくが戦わなければならないんだ?」
 真摯に尋ねたが返事はない。フルムはいつだて肩をすくめるだけだ。
 ある満月の深夜。いきなりパジマのまま異空間へ連れ出され、殺戮にあふれるパラレルワールドへと降り立た。伸びた綿菓子のような髭を持つおじいさんに「元の世界に戻りたくばモンスター狩りを通じてデンドルダートを倒し静寂の扉をひらくのじ」と言い渡され、え意味わかんないと思た瞬間モンスターの闊歩する荒野へと放り出された。やばい死ぬとキドりながら、そのへんを歩いていた小人に声をかけてみると親切にも同行してくれることになた。小人の名はソングゾ・ベリ=フルムといい(多分)、この荒廃した世界を牛耳るデンドルダートを倒すためなら何でもすると力説した。
「ごめん、やぱ無理。ぼく転職するわ。出来るんだろ? こないだ会た道具屋が言てたよな」
 鋭い一瞥をくれるだけで、やはりフルムは何も言わない。
 もうデンドルダートを倒すとかそういうのは、一切諦めた。ぼくは別に元の世界へ戻らなくても構わない。構わないていうのは嘘か、もちろん帰りたいけど、ぼくの能力じ正直無理だ。作戦変更だ、強いやつのサポートをする。こないだの行商は、戦士ほど権威はないが、戦闘にかかわる職は若干あると言ていた。そう、恐るべき能力を持た小人、フルムをサポートできるジブへチンジするのだ。
「転職なんて敗者のすることだ。寄生虫だ」
 ぽつりとフルムは言た。低い声で、威厳に満ちていた。ぼくは何となく凹む。フルムが真摯にぼくを導いてきてくれたことは良く分かていた。
「でもさフルム、このままじぼく、いつか死ぬよ。そしたら終わりだよ」
「死ぬのが怖いのか」
「怖い。でも、なんていうか多分、ぼくは殺し続けることが一番怖い。どうしても慣れない」
 柴犬のように黒く濡れたフルムの鼻は、不満げにふんふんとうごめいた。

 あれから二年経た。ぼくは戦士フルムの補佐をすべく首都で修行を重ね、『干物士』の資格を得てふたたび合流した。最初は照れくさく他人行儀になりがちだたが、戦闘に入た瞬間、関係は瞬時に巻き戻された。ひとつ違うのは、ぼくが担うべき役割をしかりわきまえているということだ。
 フルムはさらに強くなていた。5メートル強もある海獣を一撃で叩ききた。内心驚きながらも、ぼくは落ち着いて獲物の処理を行た。
 ぼくは孔雀の羽を手にする。シチに似た海獣の亡がらに、強く扇いで風を送る。
 ヌメヌメと湿たやわらかな皮膚は、一気に皺をよせ干上がていく。生々しい潮のかおりは、かつおぶしに近い乾いた粉ぽい匂いへと変化する。みるみる全体に小さくなり、最後は薄ぺらい影のように軽く、コンパクトに縮んで地面に転がた。
 はじめて見せる仕事ぶりに、彼は満足しただろうか? 表情を盗み見た。眉間にしわを寄せて見守ていたフルムは、ほうと口をすぼめて海獣に触れる。すこし笑た。小さな鼻がひくひくと蠢いた。
「ずいぶん小さくなるもんだなあ」
「運びやすくなるでし
 フルムは鼻の下をこすり、ぼくの手のひらをぽんぽんと叩いた。そして言た。
「お前、いい感じに発酵したんだな。俺も発酵した。一度死んで熟したんだ。俺たちはまた仲間だ。おかえり」
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない