発酵人種
はじめに土人が登場する。
土人の謂が差別語にあたり使用していけないと言われるかもしれないので、野蛮人と呼ぶ。
名を、ヌベベとい
った。
現地語で、「風の御子が山から下りてきて土地に雨雲が涌き、やがて田畑を潤すだろう」という意味である。
ヌベベの父親はノムといって、「スコールのように情熱的で、狩りの際には象や鯨さえ射殺す勇猛な男」という意味で、十八のとき、その名にふさわしき勇猛さを発揮して隣村から女を拉致、子を種付けした。
十五にして子を孕まされたヌベベの母の名は、メガヌボ・ヌクリ・メント・イ・ドモガガ。
現地語で、芋を意味する。
ヌベベは、臆病者だった。
それに二十歳になった今でも弓矢の扱いが下手で、のろまなゾウガメさえ仕留めることができなかった。
父親のノムは、その後も村一番の勇者として活躍、やがて次の酋長選挙では念願の酋長に選ばれ、ニュージーランド政府から勲章を授与されるだろうと、もっぱらの噂となっていたが、それにつけても、不甲斐ない息子ヌベベのことを、常に気に病んでいた。
母親は、もう死んでいる。名前が長すぎたからだ。
うら若き乙女のころに拉致され、子を孕まされ、不幸な人生を歩まされたと思いきや、案外、実力者ノムの伴侶として村の女たちから慕われ、裕福な生活を送ることができた。性生活も充実していて、草葺きの館にノムや村の若者、NZ政府の役人をくわえこんで、
「Oh, wow, what a whale eater tates like!」
などと言わせた姿が何度か目撃されている。
ともかく、ヌベベは、臆病で不器用な若者として二十歳になっていた。
NZ政府から支給された太陽光発電TVの前に一日中坐つて、キヤプテン翼を見ることだけが、一週間の楽しみになっていた。
もっとも、村の中で「一週間」の概念を持つのは彼だけだったから、不思議な箱を毎日見続けるかれを「学者」「医師」「魔法使い」だとして尊敬する村人も、少なくなかった。
ここにNZ政府観光局の役人で、スージーという白人の女が登場する。
彼女は、イギリス・ケンブリツジ大学へ進学したものの、米英のルームメイトから発音を馬鹿にされるなどして精神を病み、もともと学習意欲も乏しかったこともあって中途退学して帰国、やがて父親のコネで政府観光局のアルバイト職を手にいれ、ヌベベたちの村を取材しに来ていた。
スージーは、NZ人一般の基準から見て、不細工であった。
前歯が飛び出していて、そばかすが多く、鼻の穴が大きかつた。
金髪は金髪でも縮れて、細く、みっともなかった。
それで、引っ込み思案で、欲求不満だった。
村ヘ来て一週間。
蛮族たちが、雄々しくもうるわしい肉体をおしげもなく晒し、長大なペニスケースをゆらゆら見せつつ、狩猟採集に走り廻つているのを見るにつけ、相当に、むらむらしていた。
「写真を撮ろう」
と、そうしてスージーは自分が観光局の人間であることを思い出し、男たちの肉体美をフイルムに収めることに熱中し始めた。
この当時はまだデジタルカメラがそれほど普及しておらず、ことにスージーは古いタイプのカメラ女子だったから、フイルムを愛好していた。
百枚、二百枚、次々と男たちの肉体美、股間の勇姿、尻の美フオルムを撮影していったが、さて、現像する場所がない。
オークランドへ戻り、業者に任せても良いと思つたが、それではせっかくのペニス写真が台無しになる。
無論、自分は芸術性あふれる写真をとっているのだから、誰に見せても恥ずべき謂れはないが、ここは何トしても、誰より最初に自分が堪能したかった。
「暗室なんてあるかしら……」
村の中にあるのは草葺きの、粗末な掘つ立て小屋ばかりである。
洞穴に草を敷いて寝転がるだけの家族もあって、写真を現像できそうな暗室確保は難しそうだつた。
と、そのとき、ユサという、現酋長の娘で、スージーの世話係をしてくれる女が、
「ヌベベのとこ、暗い場所」
と教えてくれた。
「ヌベベって?」
「村の、若者。暗いとこ、好き。いつも、暗い。箱見て、考えごとしてる。このごろ、ジヤパンのこと研究してる。ジヤパン、遠い、遠い。とらドラ。Angel Beats、アイカツ。Precure。よくわからない。でもヌベベ、いつも笑つてる」
「どこにあるの」
「こっち――」
と、ユサが連れて行った先が、太陽光発電装置の輝く、ノムの館だった。
ヌベベは、そのとき、雅な言葉で言うところの、かはつるみにふけっていたから、この突然の来訪には、背筋をのけぞらせてぶったまげたが、
「どどど、どうしたですか。お役人様」
とにかく小さなペニスケースを装着して立ち上がった。
スージーは、室内に残る妙な臭気、何らかの発酵臭――実際のところは、ヌベベの体液であるが、これに顔をしかめつつ、
「写真を現像したいのだけど」
「現像」
「わかる? 現像。フイルムを、特別な水につけて、乾かすと……」
「大丈夫です。理解しています。つまり暗室をつくるのですね。用意しておきましょう」
と、意外な学者ヌベベ。
どこかの番組で仕入れた知識で、現像どころかカメラが何なのかさえ知らぬユサを尻目に、気軽に写真現像用の暗室をこしらえると、数日してスージーを招いて、
「どうぞ、お使いください。赤色灯に、換気扇もつけました」
と、すばらしき学習成果および親切心を発揮。
当然のように写真現像を手伝ううちに、いつか村の内外でもスージーの助手のようなことをするようになって撮影に強力、館へ戻れば暗く熱気の籠る暗室で二人きり。
若い男女。
どちらもむらむらしていて……。
ということで、割と早々に、ふたりの陰部がぴったりぐっちょり融合する運びとなったわけで、まずはめでたし、めでたし、二人の異分子とも呼べる者どうしが結ばれ、ここに一つの人類の幸福が誕生したわけである。
といったところで寸善尺魔。
ここで唐突に登場するのがスージーの父親で、これがNZ海軍の少将で、筋金入りの白人至上主義者だったからすばらしい迷惑で。
政府機関に就職させてやった娘が、どういう配置換えに遭遇したかはともかく土人の村に入り浸りになり、あろうことか、そこで土人の、しかも風采のあがらぬ村でも奇人扱いされるような奴の子供を宿した――とどこからか漏れ聞くや烈火のごとく怒り、
「おのれ、猿どもめ!」
と、ある早朝、軍用ヘリNH90でヌベベたちの村を襲撃、
「猿狩りだ!」
と、機銃掃射で次々と村人を殺戮して行くのであるが、いかんせん、時間が尽きた。
この続きは、いずれ、どこかで。
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