第10回 てきすとぽい杯〈平日開催〉
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さらば、第三惑星
投稿時刻 : 2013.10.18 23:37
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さらば、第三惑星
伝説の企画屋しゃん


 東京都足立区に現れたモノリスは、その後、三日間経ても環七上空に浮かんでいた。
 大きな乾板フルムのようなそれは、黒い光沢を放ち神々しいが、周囲の人々は戸惑ていた。
「ち、あの野郎。面倒なことしやがて」
 自宅のテレビを眺めながら、ヒ・ヤトイ・クーンは天井を仰いだ。
 モノリスは、ヒ・ヤトイ・クーンの同胞だ。美食家で知られる彼ら異星の住人は、銀河を旅して回ているが、殊更に地球の食べ物に対する評価は高い。
 特に発酵食品との出会いは、宇宙誕生をはるかに超えるインパクトだた。どのような知的生命体も考えつかなかた製法だ。地球という環境の中でしか為しえない、まさに奇跡と表しても過言ではない食品だ。
 希少な鉱物のようなそんな食品が無数にあるばかりか、食べ物をはじめ飲料や調味料など多岐にわたる種類が作られている。そもそもヒ・ヤトイ・クーンは、納豆に魅了され、この惑星に定住していた。自宅の冷蔵庫には、タパーに入た大豆が常時ストクされている(実話)。
 しかし、美食家であるのは彼らだけではない。
 自宅を出ると、ヒ・ヤトイ・クーンは電車に乗り、竹ノ塚方面へ向かた。
 モノリスはもともと人間の姿をして、この星の住人に紛れ込んでいたはずだ。それがどのようなわけか、本来の姿に戻てしまた。
 再び人の姿にしなければ。
 電車のシートに座るヒ・ヤトイ・クーンの顔は、雪山で遭難したように青ざめ、血の気が失せていた。モノリスの表面には、昼定食320円とある。あたかも社員食堂で使われる食券を彷彿とさせるが、それは地球人の顔と同じ役割を持ていた。ヒ・ヤトイ・クーンの場合は、そば190円だ。つまり、環七上空に浮かぶモノリスは自らの素性をさらしていることになる。
 まずい、奴らが狩りにくる。
 絶望の縁に立つヒ・ヤトイ・クーンの耳に、空の彼方から聞こえる悪魔の声が響き渡ていた。
 らーめんつけめんぼくいけめーん。
 大食漢で知られるエイコー星人だ。美食家であるヒ・ヤトイ・クーンたちの存在をかぎつければ、食い意地の張た彼らが現れるのは当然のことだた。
 銀河の一部ではとくに忘れ去られたエイコー星人のフレーズを、ヒ・ヤトイ・クーンは何度も耳にした。
 彼らの声は、次第に大きく、そして陽気になていく。
 この星は、もう終わりだ。
 ヒ・ヤトイ・クーンは、途中で電車を降りると、スーパーに立ち寄りありたけの大豆を買た。
 昼定食320円め、この借りはいつか返してもらう。
 発酵食品が作れる星へ。板チコのような巨大な物体が、もう一体空に浮かび、そして消えていくのを足立区の人々は不思議な顔で見届けた。
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