第11回 てきすとぽい杯〈お題合案〉
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スノーホワイトは赤い林檎を好む
投稿時刻 : 2013.11.16 23:41 最終更新 : 2013.11.16 23:44
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- 2013/11/16 23:44:57
- 2013/11/16 23:44:41
- 2013/11/16 23:41:50
スノーホワイトは赤い林檎を好む
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中


 山と呼ぶには少々心もとない、小さな丘だた。まだ日は昇りきておらず、空がほんのりと白み始めてきたくらいだた。ライトがなくても足元は見える程度には明るかたが、僕はとにかく寒かた。吐く息も白く、途端に指先がかじかんでジトのポケトに突込んだ。うそうとした針葉樹に覆われた森。かろうじて判別できるようなけもの道を、彼女は白い息を吐き出しながらも、僕のように背中を丸めることもなくざくざくと歩いていく。
「あ、ここここ」
 大きな杉の木の根元。古い切り株が近くにあた。むき出しの茶色い地面は霜が降りていてうすらと白い。ようやく森を照らし始めた朝日を受けて霜柱がキラキラと輝き始め、凍えつつも綺麗だななんて思ていた僕のことなど一切無視し、彼女は持てきていたシベルを地面に突き立てた。霜柱のせいか、枯れ葉のせいかはわからないが、ザク、と軽快な音がした。彼女は穴を掘り始めた。
 何やてるの、と訊いてもよかた。けど、彼女の行動が突飛なのは今日に限たことではない。体を縮こませ、そんな彼女をじと観察するに留まる僕は草食系だ。
 見慣れた血の色に近い濃い赤――えんじ色のダフルコートに身を包んだ彼女は、その細くて白い素手でシベルを振り上げた。がつ、と何かにぶつかる音がした。
「あた」
 そう呟いた彼女の目が見開かれ、白い肌には不自然なくらいに赤い唇が綺麗な三日月形に引き伸ばされた。魔女のように黒い髪が顔の前に流れる。
「手伝て」
 彼女に指示されるまま、僕はかじかんだ手でそれを地面の中から出すのを手伝た。
 青いポリバケツだた。小さめのもので、人一人で抱えられるくらいの大きさだ。
 地面の中から取り出したそれを彼女の足元におろした。湿た土で表面の汚れたそれを彼女はひと撫でし、長いまつげをしばたかせて上目づかいで僕を見る。
「これ、なんだと思う?」
「ポリバケツ」
「違う、中身の方」
 中に何かが入ていそうだというのは、なんとなくわかた。けど、男の僕の足がふらつくほどの重さはなく、むしろ軽すぎるくらいだた。
「ゴミ?」
 はと彼女は笑た。面白いことが言えるとは思てなかたけど、と付け加える彼女は、基本的に僕に手厳しい。
「生首。ここには、生首が入てるの」


 彼女と出会たのも、一年前、今日みたいに寒い朝だた。
 大学のコンパで、朝まで飲み明かした。始発が動き始めることにようやくその会は解散となり、飲み屋からほど近い――つまりは大学から徒歩圏内に住んでいた僕は、駅に向かう仲間たちに一人手を振て、帰路についた。
 酔ていたし、疲れていた。けど、吐きだす息は白くて指先がすぐにかじかみ、自分でも驚くほどに頭は冴えていた。少し頭痛もあたせいかもしれないけど。
 彼女は僕の住んでいるアパートの入り口にしがみ込んでいた。膝を抱え、顔を伏せて丸まていた。長い黒髪は地面につきそうでつかないくらいに長かた。えんじ色のコートを着ていて、遠目にもその姿は目立た。
 ――大丈夫?
 人通りはなかた。こんなに寒いのに、こんなところで寝たら凍えちうんじ、と不安に駆られた。丸また彼女はあまりに小さく、今にも死にそうな捨て猫のようにも見えた。
 僕が声をかけてから、十秒くらい経たと思う。彼女はゆくりと顔を上げた。
 白雪姫だ、と思た。
 彼女は驚くほど肌が白かた。ロマンチストでもなんでもない僕が『スノーホワイト』だなんて単語を連想してしまうくらいに。
 そしてその白さとあまりに対照的な、漆黒の髪と、赤い唇。その赤さは僕に血を、毒林檎を連想させた。


「あの首の主はね、毒林檎を食べて死んでしまたの」
 僕のアパートに戻てきて、彼女はなんだか楽しそうにそう語た。毒林檎、なんて単語を聞いたせいで、僕は彼女と出会た日のことを思い出したわけだけど。
 僕は彼女が掘り起こしたポリバケツの蓋を開けなかた。彼女はそんな僕をしばし観察して、再びそれを地面に埋めてしまた。
 ――あなたはきと、中を見ないと思た。
 わかるわ、と彼女は言葉を続ける。
 ――パンドラの箱は開けないに越したことはないもの。
 部屋の暖房をつけた。すかり体が冷えてしまた。冷たくなてしまた布団にもう一度潜り込んだ僕の隣に、彼女はするりと滑りこんでくる。彼女の体は見た目どおり体温が低くて、僕の体は一向に温まらない。
 毒林檎を食べて死んだ、という彼女の言葉に、僕はほんの少しほとしてもいた。本当に生首が入ていたらどうしようと半ば思ていたのだが、彼女の妄想ならそちの方がいい。
 布団にもぐて、彼女は語り続ける。赤いネイルの右手を伸ばし、僕の首に触れる。
「毒林檎を食べた白雪姫が、いつだて王子様のキスを受けられると思たら大間違いなのよ」


 僕は彼女のような人間に会たことがなかた。
 白く、黒く、赤い彼女が同じ大学の学生だと知たのは、彼女と深い仲になてからだた。さして学生数も多くない小田舎の大学で、彼女のような外見的に目立つ子を今までどうして認知していなかたんだろうと僕はあとから不思議に思たのだが、それもそのはずだた。
 大学での彼女からは、赤い色が抜け落ちていた。
 僕と二人で会うとき、彼女はいつも血のように赤いルーをひき、ネイルを丁寧に塗ていた。僕の中にその赤は、今だて強烈に刻まれる。けど、その赤を彼女は大学では隠している。
 白くて、冷たくて、でも内側に秘めたその赤に、不思議な子だという感想しか僕はもう抱けなくなていた。冷静になて距離を置いて見てみたら、愛しいと思う以前に不気味さが勝るだろうに。彼女の突飛な発言も、行動も、僕にはもう彼女の専売特許だとしか思えなかた。
 彼女は赤を愛している。そしてそのことを知ているのは僕だけだ。
 彼女の部屋に、僕は一回だけ踏み入れたことがある。なんてことがない1Kの一人暮らし用のマンシン。
 だが、赤かた。
 カートもカーテンも、食器も家具も何もかもが赤かた。置いてある文房具も赤い林檎の柄で、そのかわいらしさが不気味に思えるほどだた。
 赤い部屋にいると、彼女は少し凶暴になる。血が滲むまで、赤い爪を僕に突き立てた。盲目気味だた僕もさすがにこれには驚き、それ以来、彼女と会うのは僕のマンシンになた。


 ポリバケツのことなんてすかり忘れかけていた頃だた。
 森の中で、首のない遺体が見つかて、静かな田舎町が騒然とした。遺体は損傷が激しく、また首もなかたせいで、まだ身元の確認が取れてないとのことだた。
 僕の部屋で一緒にそのニスを見ていた彼女は、顔色一つ変えなかた。血の気を引かせているのは僕だけだ。
 僕は彼女を問い詰めた。あのポリバケツには何が入ていたんだと彼女に訊いた。ただのゴミだ、と答えてくれればよかたのに。
 彼女は黙て笑た。
 怖くなて彼女を突き飛ばしてしまい、あ、と思たときには遅かた。
 細くて小さな彼女の体はあさりと吹飛び、置いてあたテーブルの角にその後頭部がぶつかる鈍い音が響いた。


 動かなくなた彼女をそのままに、僕はアパートを飛び出た。外に出たら自分でも不思議なくらい冷静になて、大学の講義に出ることにした。いつもと違う行動を取たら疑われる、と考えた。疑われるも何も、部屋から彼女の遺体が見つかたら何もかもが終わりなのに。
 彼女の遺体をどうすればいいのか、大学にいる間中ずと考えていた。そして、ポリバケツのことを思い出した。
 もしも本当にあそこに生首が入ているのならば。まだそれが見つかていないのならば。
 そこに彼女の遺体も隠してしまえばいいのでは。
 午後の講義を終え、僕はマンシンに駆け戻た。部屋の外に異臭は漂てこなかた。冬なのが幸いしたのかもしれない。覚悟を決め、部屋のドアを開けた。
 彼女は僕が部屋を出たときのまま、部屋の中央に倒れていた。その上半身には、えんじ色のコートをかけておいた。
 彼女の体に触れないように近づき、僕はそとそのコートをはがし、声にならない悲鳴を上げてその場にひくり返た。
 頭部がなかた。
 その首には、赤い切断面が覗いていた。骨が、気管の切断面までが綺麗に見える。
 両手が震え、自分で腕を抱いた。首がないという事態以上に、何かがおかしいと考え、あ、と声を上げる。
 首を切断されたなら、辺り一面が血の海になていてもおかしくないのに。
 首はどこに、と考え、部屋を飛び出した。


 外は日が暮れかけていて、森に到着した頃には足元があまり見えなくなていた。
 以前は彼女が使ていたシベルを片手に、僕は切り株を目指した。辺りは暗くすかり闇に沈んでいたが、それは驚くほどあさりと見つかた。
 地面にシベルを突き立てる。ザク、と小気味よい音がし、すぐに何か固いものにあた。
 土を両手でかきだし、ポリバケツを片手で引ぱりあげた。以前にはなかた、確かに存在する重みを感じつつ、その蓋を開けた。
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