第11回 てきすとぽい杯〈お題合案〉
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AMY
投稿時刻 : 2013.11.16 23:37 最終更新 : 2013.11.16 23:44
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- 2013/11/16 23:44:02
- 2013/11/16 23:37:39
AMY
豆ヒヨコ


 AMYは砂場の砂をひとつかみ取り、さらさらと指の間から零す。慎重に、ていねいに塵芥をふるう。何度か繰り返す。すると、細かなガラス質のかけらたちが、僅かばかり彼女の手のひらに残る。
 AMYは、それを『宝石』と呼んでいる。
「ねえ、AMY」
 私は砂場をぐるりと囲む、錆びた鉄製の枠に腰かけていた。震える両腕をこすりながら、つい諭してしまう。
「風邪をひいて死んじうわ、あなたも私も。諦めて家で暖まるべきよ。なんでも努力すればいい、てもんじない」
 AMYはきとんと眼を見張たのち、脈絡なく弾けるように笑う。
「素敵な宝石がほしいの」
 私をこそ諭すように、彼女はゆくり、ひとことずつ区切て発音した。
「とても素敵なのをね。クラスの皆が持ていないような、とても輝くのを」
 私は大きなため息をつく。吐きだされた心配が、白い湯気となてあたりに漂う。
 十二月を迎え、夜の公園はひどく冷え込んだ。明日の朝は霜が降りるに違いない。しかし十歳のAMYは、少しも気にしないのだた。ひとり母親の帰宅を待ている。真暗な砂場で、真夏の熱帯夜と変わらず、ニコニコご機嫌で。深夜まで皿洗いをする、フリピーナの母親を迎えるために。
「まりこ」
 鈴のように陽気な声で、AMYは私の名を呼んだ。
「どうしてそんなことを言うの? 努力するな、なんて?」
 月明かりに、南方の人特有のすべらかな肌が艶めく。彼女の目は本当に澄んでいる。
 私は答えかけ、うまく言えず、仕方なく笑いで紛らせた。
 AMYの真似をして、目の前の砂をすこし掬い上げた。10gほどのはずの白い砂は冷たく湿り、思いのほか持ち重りがした。かすかに左右に揺らすと、糸のようにさらさらと零れていくのが上から見えた。それは脳髄を麻痺させるエクスタシーで、私はしばし感触を楽しんだ。
「気持ちがいいのね」
 驚きを含んだ声で言うと、AMYは得意げに胸を張た。
「もちろんよ。エステみたいでし
 彼女は私の横にちこんと座り、またも砂をふるう作業に没頭し始める。
 指の先が凍りそうに冷える夜気だというのに、AMYは長袖のTシツ一枚だた。かろうじて十分丈のウトパンツは薄いナイロン素材で、小麦色の裸足にはビーズをあしらた安ぽいヒールサンダルを履いている。無造作に伸びたロングヘアはくるくると巻き、黒ずんで汚れた首筋に、ツタのように絡みついた。放り出された林檎柄のトートバグから、傷だらけの古い携帯電話がはみ出し砂にまみれていた。 
 さき口にしようとして、すぐに諦めてしまた言葉。
「あなたが好きだから、愛しいから、絶対に傷ついてほしくないから」
 恥ずかしくて、へんに勘ぐられたくなくて、とても言えなかた。私たちは血さえ繋がていない、ましてや親子でもない、ただの知り合いだ。理解してもらえるはずもない気がした。

 以前バイトしていたスーパーからの帰り――まさにクビになた日だ――この公園で、はじめてAMYを見かけた。天啓のように、私と同じ生き物がいる、と思た。期待されないこと、興味を持たれないこと。それは取りも直さず、ほぼ生きていないということだ。
 例えば私。
 コミニケーン能力がなく、社会のお荷物で、アルバイトさえ転々とするフリーター。親からも見放された愚図で下らない娘。同棲相手はゲーム廃人のろくでなし。恫喝されるばかりで萎縮するばかりの人生。でも、かまわないと思ていた。もう何も望まないと、とうの昔に決めていた。その代わり、私は誰からも努力を強いられない。私は、空白のような自由をふんだんに持ている。
 毎夜、つめたい布団の中で、自分に延々そう言い聞かせている。
 AMYに会うと、自分まで愛しくなた。なぜか。
 そして哀れに思い、最後に激しく憎らしくなた。「私のように育てほしくない」と願い、一方で、「私と同じ泥の中へ引きずり込みたい」という衝動に混乱させられた。誰だて独りは寂しい。けれど私にも矜持はある。人として外れたことはしたくない、出来損ないだからこそ、その思いは人一倍なのだ。
 だから、もう会わなければいい。会うべきじない。
 そう思うのに、気づけば夜の公園に向かてしまうのだた。自分が、よく分からなかた。

 ふいに肩を叩かれ、はと目を上げる。
「これあげる」
 AMYは目をほころばせ、私の左手を開かせて、何かをぽとりと落とした。
 ごく小さな煌めきがあた。波で洗われ削られた、おそらくビール瓶の一部だた。海で生まれたものに違いない。誰が拾て持てきたのか、街中の砂場にあるはずもない物質だ。それは三センチほどの大きさで、耳のかたちをしている。上品な薄茶色の、美しい擦りガラスだた。
 私は思わず感嘆してしまう。
「なんて綺麗なの」
 もらえないわと辞退したが、AMYは首をぶんぶん横に振た。
「これは、私が探している宝石ではなくて」
 人差し指を天に向け、太陽のようににこり笑う。
「ミラクルよ」
 ふいに、中年女の呼び声がした。フリピーナだ。
 酒に枯れた、怒りに満ちた響き。ひとAMYは肩を竦める。あかるく優しい笑顔は引込められ、鼠のように卑屈な光が瞳に宿る。それでも彼女は言いつのる。
「探せばあるわ、何だて」
 私は、掌のガラス質をそと転がす。心地よい滑らかさと、細かなざらつきが皮膚に伝わる。
 AMYは勇気をもて、少しずつ肩をもとに戻す。私はなおもガラスを味わう。しかしヒステリクな叫びは繰り返された。AMY! はやくでてきなさい、言うこと聞かなき…… AMY!少女は、今度は果敢に笑てみせる。すこしだけ、舌さえ出して見せる。
 私は畏敬の念を抱く。その強さに、健全さに、ますぐな心根に。おかえしに、おどけて肩をすくめてみせる。
 私たちは笑う。
 声が止んだりはしない。それでも、歩くのを止めたりはしない。決めているのだ。たとえ誰も、私たちの気配に気がつかないとしても。このガラスみたいに。
  AーMYー! 
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