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第一回 てきすとぽい杯
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ポップコーン・レッド
 投稿時刻 : 2013.01.19 23:43
 字数 : 2495
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ポップコーン・レッド
雨之森散策


 朝、眠い目を擦りテレビをつけるとまたいつもの報道だた。
 それはまたく突然の事だた。
 時や場所に関わりなく次々と人間が爆死する不可解な事件が日本を襲た。警察は特別捜査本部を置き、管轄の境を越えた捜査網を展開したが、この爆死事件が何者かの殺意によるものか或いは事故かの判断すら付かないという状況に国民の不満ははちきれんばかりだた。
 テレビは警察の捜査状況に次いでシキングな映像を浮かび上がらせる。僕は目を伏せたものの、いつものように映像へと視線を寄せる。
 被害者と思われる人物のようだた。当然モザイクで隠してあるものの事件現場の跡は凄惨なものだた。赤黒い血の痕跡がべたりと残るアスフルトが爆発当時の無残な様子を想像させる。週刊誌による報道では、爆死した遺体はポプコーンのようだた、という。当初こ言葉の意味する所を僕は理解できなかた。
 ――この比喩が正しいという事を僕がまさに目の前で味わたのは2日ほど前の事だ。
 出勤途中、僕が駅構内から外に出る際、たしかに悲鳴を聞いた。鼓膜を破らんばかりの物凄い悲鳴だた。
『やめて、やめて!』
 そう聞こえた。改札口へ振り返ると若い会社員と思われる女性が自分の体を両腕で抱きながら床へ倒れこむ。駅員や連れと思わる男性が近寄ると、その女性は
『分かたから、本当にもう分かたから!』
 そう叫んだあと、破裂した。肉と皮がひくり返たようなその様子は、まさにポプコーンだた。赤黒い血と灰色で艶やかな脳、ピンクの臓器にまみれたポプコーン。
 事件は続いた。もう日本中で何人もの人間が爆死している。原因も『犯人』と呼べる存在さえも不確かなまま事件は繰り返されてゆく。
「それでも社会がちんと回り続けてるてのは、まるで奇跡だな」
 そう、誰かが言た。
 僕は今日も同じ駅で降りる。改札口の向こうは綺麗に掃除されて、血の一滴も落ちていない。まるでそこでは誰も死にませんでしたと言わんばかりに、街は素知らぬ顔をしている。
『分かたから、本当にもう分かたから!』
 あの女性はそう言ていた。記憶は時間を経るごとに曖昧になてゆくが、彼女が残した言葉は僕の胸に刻みついていた。
 ――あの人は何が『分かた』んだろう。
 時々その事を真剣に考えるが、そんな事、僕の理解など及ぶはずがない。
 その日もテレビはやかましく爆死事件を報道する。
 警察の記者会見の生中継や遺族のコメントが流される。少しずつ僕自身も慣れてゆくのを感じる。当たり前になてゆく気がするのだ。すぐにも僕が爆発するかもしれないのに。
 同居する弟は気楽なもので、そんなテレビ報道など気にも留めずに毎日けだるげに高校へゆく。皆がこうして鈍麻されていてしまう事を恐ろしく感じる。僕の方がおかしいのだろうか。それとも単純に僕達はあの女性のように『分かて』ていないだけなのだろうか。赤黒くポプコーンみたいに爆発するほど恐ろしい何かが僕達の背後にいる。
 弟の僕は聞いてみたくなた。事件について、或いは僕達が『分かて』いない事について。
――分かてる事なんてあるの?」
 彼の答えはシンプルで僕を唸らせるものだた。弟も弟なりに悩みがあるのかもしれない。
 次の日の日曜日、いつもより早く起きた僕は慌ただしく閉ざされるドアの音を聞いた。きと弟だ。
 昨日の弟の言葉に少しの心配を持た僕は弟の跡をつける事にした。いつ爆発してもおかしくないのならば、いそう弟が気になる。
 さいわい弟の通学は歩きなので尾行も楽だ。着替えを済ませて弟の姿を追たが、余裕で追いついた。弟の通学路は往来の激しい中学校のグランドや大型家電店に面していて、弟はますぐに歩いている。僕は気づかれぬように歩く。
 ――ノイズが鼓膜を刺激した。どこかで聞き覚えのある音調だ。これは一体何だたか。その音は少しずつ私の記憶を裏返してゆく。
「分かた!分かたから!」
 音は明確に声となた。あの爆死事件の被害者が発した言葉だ。まさかまた僕がそれを聞くのか。声の発生源を探すと『それ』は弟のすぐ近くで展開していた。ポプコーンのように。弟は裏返た『それ』が目に入らないように通りすぎてゆく。がふがふと血が溢れて歩道はすぐに血に染また。弟はその血を一歩だけ踏んだが、省みる事はない。
 僕は呆然と尾行を続けた。弟が通るたびにポプコーンは咲く。弟の近く、あるいは遥か遠くで。偶然だ、と僕は思た。犯人は弟なわけがない。考えてもみろ、事件は日本各地で起こているのだ。弟はここ半年この町から離れた事もない、犯人じない。そもそも犯人がいるとも分かていないのだ。
 だが弟が一歩踏みしめるたびに人がポプコーンになてゆく。なぜ? そして、僕はどうして爆発しないんだ。
 弟はとうとう高校にたどり着いた。僕は殆ど意識を失いそうになりながら彼の背中を追た。もう弟は僕の尾行に気づいている。
 高校のグラウンドで待ていたのは何気ないサカー部の練習風景だた。ジジーの着替えた弟はグランドを走ている。弟がグラウンドに入てからポプコーンは一度として弾けなかた。どうしてかは分からない。『分かる』人は大抵弾けてしまた後なのかもしれない。さきからしきりに手足が震えている。弟の心の振動が伝わているからなのか。だが、そうならば、どうして僕はポプコーンにならないんだ。
 僕は『分かて』いる。こうして、今『分かた』。なのに僕は弾け飛ばない。赤黒いポプコーンにはならない。なぜだ!
 弟が激しく息を切らしながら呆然と突ている僕の元へ走てくる。呼吸を整えようと鼻で息を大きく吸い込むと弟は言た。
「兄ちんには分からないよ。僕たちの振動は」
 振動は伝わている。伝わているんだよ。
 僕はそう声に出そうとして、出せなかた。分かているなら僕は弾け飛ばなきいけないのだ。
 僕はそのまま家に帰ると少しだけ、眠た。そしてまたテレビをつけると爆死事件の報道を見る。日本の各地、世界の各地で心やさしい『分かる』人たちは赤いポプコーンになている。そのニスを聞く。
 僕は分からない。

 
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