第16回 てきすとぽい杯
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地下にひそむもの
投稿時刻 : 2014.04.05 23:43 最終更新 : 2014.04.05 23:44
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- 2014/04/05 23:44:56
- 2014/04/05 23:43:15
地下にひそむもの
伝説の企画屋しゃん


 新宿まで電車で二十分、駅から徒歩八分。
 そこそこ交通の便に優れたその街に住んで二十年近くになる。
 半径百メートル以内にコンビニが三軒、しかし入居しているアパートは文化財寸前だ。引越した時点で築十年だたから、今は三十年を迎えようとしている。廊下の壁にはひびが入ているし、セキリテなんてものは望むべくもない。実際、俺は空き巣に二度入られた。向かいは居酒屋だから夜遅くまで酔ぱらいが騒いでいるし、うかりすると部屋の前で絡まれることもある。まともな神経だたら、一週間ももたない。かと言て、俺が異常な神経かというと、それはまた別の問題だ。
 いくつかの利便性と、耐えがたい不自由さ。俺の住むアパートをレーダートで表現したら、きといびつな形になるだろう。気になる家賃は、一階角部屋の1DKで5万円台だから、可もなく不可もない。年齢のわりに低収入な俺には妥当とも言える。けれども、それくらいの家賃だたら、快適な部屋はほかにもあるにちがいない。そう、俺は好んで二十年近くも同じ部屋に住みつづけているのだ。何故なら、ここには空き巣被害や深夜の騒音など笑て許せるくらいのメリトがあるからだ。
 そのことに気づいたのは、入居五年目ほどのことだただろうか。年の瀬に大掃除をする際、俺はふとトイレの電球を手に取た。首を傾げたのは、電球がすかり黒ずんでいたからではない。この電球は、一体いつ交換したのだろう。そんな疑問が突如、俺の頭に浮かんだのだ。
 トイレの電球だけではない。部屋の蛍光灯、家電製品、あらゆる日用品。いわゆる消耗品の類を除けば、この部屋に来てからというもの、寿命が尽きたものが一つもなかたのだ。
 断ておくが、俺はごくふつうの日常生活を営んでいる。月曜から金曜まではケツの穴の中にいるような会社で働き、週末は家でゲームをしたり、映画を観ている。人と変わたところは何もない。つまり五年も経てば、蛍光灯が切れたり、電子レンジが壊れたりして当然なはずなのだ。
 地デジ化に伴いテレビは買い替えたが、冷蔵庫や洗濯機も新品と変わらない働きをしてくれる。なによりも、とておきがほかにある。それが何だか、分かるかい? まあ、すでに予想がついているだろうが、念のため言ておこう。俺は、おそらく歳を取ていない。この部屋にはきと劣化を防ぐ特別な力があり、それは人体にまで影響を及ぼしているのだ。
 その証拠に、とうに40を過ぎている俺は、未だに学生と間違われる。肌は弾力に富み、高校生の甥と歩けば兄弟に見られるほどだ。陸上部員だたおかげで、その気になれば100メートルを11秒台で走ることだてできる。肉体は、この部屋に入居した20代の頃のままなのだ。
 しかし、そんな異常な年月を重ねた結果、皮肉なことに俺の精神は蝕まれることとなた。
 普通ということのありがた味。これは普通ではなくなた時になてはじめて分かる。
 永遠に若い俺は老けメイクをして会社に出勤し、同年代の同僚たちの成人病の話にも耳を傾けなければならない。
 肉体が老いていない、そのことが世間に知れ渡れば少々厄介なことにもなるだろう。俺は拉致され、非合法な連中に徹底的に調べられるかもしれない。おそらくは奴らはひどい勘違いをして、俺の細胞や血液に老化防止の鍵が隠されていると思うだろう。
 そのようなことを考えているうちに、俺は常に得体の知れない恐怖を抱え込むこととなた。時折、動悸が早まり、めまいを起こすことがある。そこから解放されるには部屋を移るしかない。だが、それは無理だ。あまりに失うものが大きすぎる。
 そしてついに気が狂いそうになたある夜、俺は単なる思い付きで床を掘ることにした。
 それはこの部屋の秘密が地下にあると睨んだのかもしれないし、あるいは隠し通路を作ろうとしたのかもしれない。ともかく俺は床に穴を開け、スコプで地面を掘た。
 やがて目にしたのは、一本の線路とトロコ列車だた。
 突然そんなものが現れ、俺は呆気に取られたが、トロコ列車には車掌姿の男が一人乗ていた。
「ああ、ついにここを発見しましたね。長い間、お待ちしていました」
 丁寧にお辞儀をする車掌は、トロコの後部に取り付けられた大ぶりなレバーを握ていた。
「待ていた? 俺を?」
「はい、そうですとも。この先には、本当の大家さまが住んでいらいます。大家さまは大変慈悲深く、そして控え目な方故、貴方さまに肝心なことをお伝えしておりませんでした。しかし、ゆくゆくは自らいずれお気付きになられるだろうと期待されていたのです」
「期待? 話がまたく見えないが、この線路は何なんだ?」
 俺が訊ねると、車掌は破顔した。よくぞ訊いてくれた、そう言いたげだ。
「はい。これぞ劣化防止の秘密です。大家さまは、毎晩この線路でここへ来て、あなたの部屋に神秘のパワーを送ていたのです」
「神秘の……パ、ワー?」
「大家さまは、不老長寿のお方です。一部では人魚の肉を食べたと言われています。さらに無駄話をさせたら世界一。ご自身の力を持て余し、ご入居者さまにその力を分けていたのです」
 面倒だから割愛するが、その後も車掌は一人で喋りつづけた。俺はその暴力的な話術に翻弄され、トロコに乗た。
 そして進むこと数十分、トロコは徐々に速度を落としていた。
「お客さん、終点ですよ」
 やや茶目気を帯びた口調で車掌は告げると、行き止まりにあるドアを指差した。
「さあ、あれが不老長寿である大家さまのお部屋です」
 それを目にした瞬間、俺はすべてを理解した。
 どうして俺が歳を取らないのか。大家が何者なのか。
 ドアにプレートが埋め込まれ、こう書かれていた。
 徹子の部屋。
 呆然とする俺の横で、車掌が相変わらずことをどうでもいいことを喋りまくていた。
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