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第17回 てきすとぽい杯〈GW特別編〉
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集合住宅
 投稿時刻 : 2014.05.04 23:45
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集合住宅
粟田柚香


高速道路で奇妙な老人に出会い、世にも不思議な経験をしてから一月後。仕事から帰てポストの中身をあらためると、投資信託のDMとピザのチラシに、青色の星形の紙が挟まているのを見つけた。
以前とは-高速道路の路肩に止めた車の助手席に置き去りにされた白い星形の紙を見つけた時とは-うて変わた、落ち着いた気持ちで僕はそれを読んだ。
『来週日曜日、日が沈む頃に××駅の前。迎えに行きます。』
筆跡は万年筆で手書きで書かれたもののようで、駅という漢字が少し潰れていた。

僕は青い星形の手紙に指定された日、××駅前のロータリーへ向かた。そこは僕の家の最寄り駅から鈍行列車で五駅ほど郊外に出た土地にあり、そういた町にはよくあるように、駅前はロータリーになていて、その中央には一握りの花壇と芝生があた。
あの老人を見つけるのにわけはなかた。彼は車に乗ていた。とてもよく目立つ水色のクーパだ。他にロータリーに停車していたのは黒塗りのタクシーと、おそらく老人介護施設から来た白いワゴンの送迎バスだけだた。
僕が車の脇に立てから老人がこちらに気づくまで少しかかた。老人は駅の出入口とは反対側、ロータリー中央の芝生をやたらと熱心に眺めていたから。あるはずみに大きく嘆息し、額に浮き出た汗を拭い(彼の車には西日がよく当たていた)それからようやく僕に気づいて、助手席側の扉を開けてくれた。
「車は賭けの抵当にとられたんじなかたんですか」僕は尋ねた。
「あれはセダンだた。これは違う」彼は言た。「人助けをして、その見返りに車をもらた。セダンほど乗り心地は良くないが、ないよりはずといい」
助手席に僕が乗り込むと、老人は静かに車を発進させた。旧型の車にしてはその動作はゆるやかで、すでに彼がこの車を相当乗り込んだことをうかがわせた。
「先ほどは何を見ていたんです」
「モニメントさ」老人は顎をしてみせた。
ロータリーを滑り出る車から後方を振り返て、僕はなんとか、芝生の中央にそびえ立つ銀色のピカピカ光る巨大な彫刻を視界の隅におさめた。それが何を表象しているのかまではわからなかたし、きとわからないままでいいのだろう。
「良い作品なのですか」僕は尋ねた。
「良いか悪いかは知たこない。気に入るか、気に入らないかだ。」老人は言た。彼は片手でハンドルを操作していた。
「それで一体、これから何処に行かれるんです?」
「手紙に書いただろう」老人は真正面を見据えたままだた。「幽霊屋敷さ、我々のね」

我々の車は大通りを突き当りまで進み、うねうねと複雑に入り組んだ横道に入り込み、犬の散歩をする人しか通らないような小路を抜けて、川沿いにあるマンシンの駐車場にすべり込んだ。しめて20分くらいだただろうか。老人はクーパを降りると自分の手でサイドミラーをたたみ、それから鍵を取り出して玄関の錠を外した。ここにはインターホンやロク式自動扉はないようだた。
「ご自宅ですか」二人入れば満員のエレベーターに乗りながら僕は聞いた。
「私のではないがね」老人の答えはこうだた。
電気式上昇箱は5階でとまり、我々は灰色の廊下をつきあたりまで歩いた。老人が立ち止また家先は、暖色系のドアも鉄格子のはめられた窓も、ひとつのこらず通り過ぎてきた部屋と変わりはなかた。けれど静まり返た廊下のうつろな壁をふるわせる、かすかな人声が漏れ出てきた。
老人はチイムを鳴らした。
<どうぞ>おそらく中から、ざらざらとした返答が聞こえた。
老人は今度は鍵もなしにドアノブを回した。開けてみると、ドアの小口にクンがついていて、暖色系のドアは音もなくするすると開いた。中は暗く、奥に何があるかは見通せなかた。
彼はどうぞともお入りとも言わずに中に入た。僕も彼の後に従た。

狭い廊下の先には2つ3つの扉があり、行き止また先、一般的なマンシンならばリビングがあるであろう部屋に、見事なバーカウンターがしつらえられていた。
部屋はほぼ黒塗りで、天井からささやかな光沢を投げかけるオーナメントがいくつも吊るされている。ミラーボールのような派手な照明はなく、ごく普通の蛍光灯が、オーナメントたちに光を投げかけていた。カウンターは黒のタイル張りで、一部の欠けもはみだしもなく、見事な精密さで並んでいた。カウンターの中にはいかにもバーテンダーという服装、つまり黒い薄地のチキと蝶ネクタイをつけた男性がひとりいた。他にもカウンターには客がいた気がするが、なぜかそちらにはあまり注意が向かなかた。
「いらいませ」バーテンダーが言た。声質から、ついさきチイムに答えた声と同じとわかた。
「友人を連れてきたよ」老人が言て、さそくカウンターに座を占めた。
「ようこそ、『幽霊屋敷』へ」バーテンダーはそう言て、老人の隣の席を僕に進めた。長い指ときれいな爪の持主だた。
「当店は前払い制になております」
座るなり、バーテンダーはそう告げた。めんくらて言い返せない僕をよそ目に、老人はジトのポケトから(高速道路で着ていたものと同じだ)札束をひとつかみ取り出した。バーテンダーも眉一つ動かさず(眉も綺麗に整えられている)札束を手に取り、すばやく枚数を数えた。その手つきはいかにも大金をあつかいなれているといたものだた。そして老人が取り出し、バーテンダーが数えている紙幣は、僕がこれまで一度も目にしたことがないものだた。
「結構です」彼は言た。「どうぞ、お好きなものをお申し付けください」
「ジマイカ・クーラー」老人は即座に言た。「コーヒー多めだ」
「帰りも運転されるのでしう」僕は口を挟んだ。
「前にも言たじないか、俺はきちんと実験してある」老人は平然と言う。「ジマイカ・クーラーをコーヒー多めで2杯飲む。その後缶詰のオレンジと、栓を抜いたばかりのサイダーを混ぜ、一瓶分飲み干す。これで捕またことはない」
そう言ている横から、バーテンダーがカクテルを持てきた。小さなグラスの上には、星形のレモンの皮がのている。
「何になさいますか」バーテンダーは今度は僕に眼差しをむけ、注文を促した。僕は何も気の利いたことが思いつかず、ただウスキーを頼んだ。

僕と老人はしばらく、黙てそれぞれの酒を味わた。老人はあという間に一杯目のカクテルを飲み干し、二杯目が差し出されると、今度は少しづつ口にした。まるで本当に、一度口をつけるごとに一滴しか舌に載せていないかのようだた。
「そろそろ説明してくれませんか」僕は半分飲み干したウスキーを脇におしやり、老人に言た。
「そうだねえ」老人はまた一滴、カクテルを口に含んだ。「何から聞きたい?」
「ここは本当に幽霊屋敷なんですか?」
「そうだとも。我々は幽霊のようなものだから。もちろんあんたは違う。ここの敷居をまたいだらお陀仏になたとか、そんなことはないから安心してほしい。だが、我々は幽霊のようなもの。亡霊、幽鬼、陽炎、まあなんでもいい」
「幽霊が車を乗り回すんでしうか」
「まぜかえすんじないよ。今日君が乗たクーパに実体があたように、我々はちあんと身体を持ている。足だてはえている」彼は片手の拳で軽く膝を叩いた(紺のコールテン地のズボンだ)。「だけど我々は人間ではない。ここまではいいかな?」
「それは、もう」
「いいことだ。物分かりがいいと、人生はよりよいものにできる。それはともかく、では我々は何者かと言われると、そうだな、星から落ちてきたもの、と表現してみようか」
「宇宙人?」
「違うさ。そしてここでもう一段階。我々は生命の幽霊じない。星の幽霊だ」
「星の幽霊?」
「そう」
「では、超新星爆発で吹き飛ばされてきた?」
「いやいや。我々のふるさとはまだ存在している、ありがたいことに。その証拠は空にある。星々から降り注ぐ光が見えているかぎりね。星はとても遠い。君たちの尺度では測りきれないほど遠い。そんな遠くから、この地上に降てくるものは?」
「放射線?」
「勘弁してくれたまえ。先ほど、ヒントを出したのに…」
「光?」
「その通りだ。やはり君なら理解すると思ていた」
「でもひ、光だなんて」僕はさすがにつかえた。「光が…人間に?どうやて?」
「星がとても遠いということは、先刻言たとおり。あまりにも遠すぎて、万物の中でも最高の速度で駆け抜けることができる光ですら、何万年という時間を積み重ねなければこの地上には届かない。光はふるさとである星から放り出され、どこまでもどこまでも、虚空の中を駆け抜け続ける。止まることはない。戻ることもない。そんな性質は持ていないから。ゴールの設置されていないモーターレースだ。やがて突然、光はこの惑星にぶつかる。温かい惑星だ。生命のいる惑星だ。君ならどう思う?何もない。音も光も空気もない宇宙空間を、いつ果てるともしれない長い時間飛び続けた星からの光が、この大地にたどり着く。足を止めたくならないだろうか?腰を据えたいと考えないか?」老人はそこで言葉を切て、半分ほど残ていたカクテルをぐいとあおた。「我々はそこから生まれた。我々はそんな風にやてきた。すでに故郷とは切り離されている。戻るすべはない。宇宙に帰ることもない。ここで暮らすことを選んだから」
「だから」僕は思わず呟く。
「そうだ。我々は幽霊。遠く遥か彼方にある、星たちの残滓。天体の幽霊。さまよい続ける魂の欠片」
「だから」僕は言わずにいられない。「北斗七星があなたを迎えに来た」
「トンネルの中を嫌がるからね」彼は言う。
僕は星々のことを考える。サンルーフの窓からのぞく紫色の空で、か細い光をふりまく星々のことを思う。

僕は2時間ほど滞在した。言葉を交わしたのは老人とバーテンダーだけだた。他の客もときおり訪れたが、干渉してくることはなかた。
「そろそろ帰るといい」彼は言た。「すまないが、俺はワインが飲みたくなた」
「いいですね。次回は僕も試すとしましう」僕は言た。
「いつでもどうぞ」と、バーテンダーが答えてくれた。
「道は大丈夫か」老人が、立ち上がた僕に声をかける。
「ええ、まあ」僕はポケトにある携帯のことを考えている。
「北極星を探すんだ」老人は言う。「北極星を右手に見ながら進むといい」
その言葉を幕切れに、小口にクンのついたドアは音もなく締まり、その夜は終わた。
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