第17回 てきすとぽい杯〈GW特別編〉
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幽霊の生業
投稿時刻 : 2014.05.03 23:28 最終更新 : 2014.05.03 23:44
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幽霊の生業
豆ヒヨコ


斉藤くんがわたしたちの家をノクしたのは、真夏の暑い昼下がり、午後三時ごろだた。
のり子さんは、と言たきり口をつぐんだ。当惑したわたしの表情を見て、すぐに姉の留守を悟たらしかた。「グムへ旅行中ですけれど」と答えると、ああー…と息を吐いて大きく目線を落とした。それから勇気を振り絞るように訴えた。
「ビール瓶を持てきてくれたらなあ、と言われたんです。昨日。『缶じなくて瓶、一ケースね』て。うちで冷やして、楽しく飲んじいましうよて。出かけるなんて、ぜんぜん聞いてなかたんですけど」
その声にはすがるような悲しみがあた。でもわたしは同情できなくて、ハアとだけ答えた。
あかるい黄色のケースは昼下がりの日光をマトに照り返していて、つめ込まれた茶色の瓶たちはいよいよ温もりを持ち始めていて、お酒を飲めないわたしは「持て帰てください」と冷酷に言た。ふと目を上げた彼の表情は、かこいいとまでは言わずとも真摯な懇願に満ちていて、ちといいなとも思たが、やはりわたしは「持て帰てください」と再び言た。そして付け加えた。
「姉は受け取らないと思います。言われたことを鵜呑みにしない、気位の高い天邪鬼ばかり愛してますもの」

斉藤くんは電車で来たという。ケースを担がせた帰路はさすがに気の毒で、わたしは車を出してあげることにする。
カーポートに停めておいた深緑色のミラジーノを指さす。わたしの車だ。縁石に平行に、またくズレずに駐車されたミラの横には、ごく類似した色合いのBMW・MINIクーパーが双子のように停止している。これは姉の車だ。仕様も利便性も、その価値も大きくかけ離れた、でもどこか似た美しさを持つ二台。きれいずきなわたしたち姉妹は、所有する車を各々でぴかぴかに磨き上げている。まるで競うように汚れを除き、まんべんなくワクスをかける。
「助かります」
ごく短く礼を言い、斉藤くんは助手席に乗り込んでシートベルトを締めた。
エンジンが小さく高またところで、わたしはアクセルを踏み頃合いよくハンドルを切た。ぐるりと最小限の円を描くよう、緑の軽自動車を走らせた。難なく公道へ出る。茶色の瓶同士がぶつかる響きを背後に聞きながら、わたしは何の気なしに言た。
「わたしと姉さん、すぴんの顔はほぼ同じなの」
斉藤くんはああ…と無意味に、しかしまんざら無関心でもない様子で相槌をうた。わたしは続けた。
「不思議なんだけれど、同じ顔で性質もどこか似ているのに、おつきあいする男性はぜんぜん違うのよ。ほら、ふたりで一軒家をシアしている状態だから、ときどき彼女が男を連れ込むところに出会うわけね。いつも、いつもいつもいつもサラリーマンなの。スーツなんて着てなくてもわかる。神経質そうなポロシツの着方とか、磨きたてられた黒縁メガネとか、妙に清潔な髪型なんかでピンとくるわ。……だから、あなたが訪ねてきた時はすこし驚いたかな」
「どうしてですか」
「えーと、……ても若々しいから」
正直に言えば、彼は若々しいというより『とん坊や』だた。白くぽちぽちとした頬に刈り込んだ髪、筋肉のない腕にはアウトドアを嫌うもやし子精神が感じられた。襟ぐりの伸びたTシツが、ぴりとしない印象を確固たるものにしていた。姉は本当に節操がない。絶対好きなはずはないのに、どうして思わせぶりな言葉を吐くのだろう。その労力が意味不明だ、引掛ける際も引き剥がす際も。
「俺、サラリーマンですよ」
斉藤くんがぽつりとつぶやいた。
ちらりと見やると、彼はフロントガラスを見つめたまま、割に繊細そうな指でボデグの金具をいじりまわしていた。
「サラリーマンに、なたんです。のり子さんに出会て」
ハハハそうなんですか、と笑てみる。笑う以外にどうしようがある。
「好きなんです、好きなんです。どうしようもなく好きなんです。でも何をしてあげられるかわからなくて、僕は救われるばかりで。そしたらビール瓶がほしいて言うから張り切たんです」
「なるほど、一ダースも」
茶化すつもりで合いの手を入れたが、返事はなかた。
泣かれたらどうしよう、などとわたしは思う。姉を慕う男たちはピアな輩ばかりで、それを慰めてばかりいるうちに、わたしは恋愛を通り越してふんだんな母性を抱えてしまう。いたい何人の未熟な、考えなしな、素朴な男たちの母親代わりを務めてきたことだろう。すこし力を込めて、わたしは言う。
「姉は帰てこないわ。彼女に似た、わたしという幽霊がいるだけ。ただの幽霊屋敷よ」
斉藤くんはまたあの目をして、今度はフフフと笑う。
「幽霊だてほしい時がありますよ、一番知てるでしう?」
心のどこかが押しつぶされ、わたしはスイチを押して窓を開ける。
恐ろしいほどの熱気と、耳をつんざくセミの声が届く。彼らとわたしは、きと似ているのだ。姉にはなれない、本当の愛を得られない。信号機は黄色に瞬いた刹那、赤いつぶつぶを載せた円へと変わる。ふつふつと額に浮かぶ汗を拭ううち、アクセルを踏み込んで世界を壊してしまいたくなる。
彼と添い遂げたところで後悔しない気がしたし、斉藤くんもそれでいい、と思てくれそうな気がしてしまうのだ。
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