サウス・アイランド
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南の島でした。
満月が海面を銀色に浮かび上がらせ、そのまま歩いて行けそうでした。
一羽の白いウサギが砂浜に佇んでいました。
ウサギはこの島のお金持ちの家に飼われていたのです。島の動物たちには一生、食べられないような柔らかな野菜や果物をふんだんに与えられていました。毎日、お風呂に入れてもらい、おかげで白い毛並はつやつやふわふわで、召使たちはドライヤー
をかけ終えると、人目を盗んではこっそりと顔を埋めるのでした。
ウサギはいつも遠くを見つめていました。ごちそうを食べて毎日を過ごしても、ウサギはちっとも幸せではありませんでした。ある夜、みんなが寝静まってから、ウサギはこっそりとお屋敷を脱け出しました。ふかふかした絨毯の敷き詰められたお屋敷に比べて、地面の土はざらざらしていて、ウサギの柔らかな足の裏はすぐに痛み始めました。それでも、一歩ごとに胸の中は膨らんでいく気がしました。物陰から燐の目に見つめられても、聞いたこともない乱暴な声で吠えかかられても、かまわず跳ね続けました。
足の裏に血が滲むころ、突然、ウサギの肢は地面にもぐりこみました。お屋敷の窓からかすかに聞こえていた音が、お腹の底に響く大きさになっています。そこは砂浜でした。誰もいないのに、きらきらしたシルクが何度も波打っては押し寄せてきます。こんなに飛び跳ねたのは生まれて初めてで、ウサギの身体は沈み込みそうでした。それでも、自分でもよくわからない気持ちがこみ上げてきて、きらきらするシルクを一心に見つめるのでした。