てきすとぽい
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第18回 てきすとぽい杯
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〔
22
〕
讃花
(
粟田柚香
)
投稿時刻 : 2014.06.14 23:43
最終更新 : 2014.06.14 23:44
字数 : 1528
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2014/06/14 23:44:38
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2014/06/14 23:43:30
賛花
粟田柚香
「ほう。ジンチ
ョ
ウゲ」
「そう、沈丁花。…そら、あ
っ
ちにも」
婆さんの指さした藪の中には確かに、小さな花が密集して丸ま
っ
ている群れがひとつふたつとぶら下が
っ
ている。
「匂いはいいけど、花瓶にさして飾るわけにもいかねえし」
「ふうん」
適当な相槌を打
っ
たら婆さんはそれが気に触
っ
たのか、盆を持
っ
たまま茶店の奥に引
っ
込んでしま
っ
た。かがめた腰に立ち上がる帯の桔梗刺繍が妙に鮮やかで、この国にはまだあんな老婆もいたのだと、妙な感慨にふけりながら茶を啜る。
霊峰もようやく七合越え。あるかなきかの谷川沿いにすすむ道はいよいよ暗く、頭上でしきりとトンビの鳴く声がする。これだけ登
っ
てきたのに人家は絶えないが、それもそろそろ尽きるだろう。物好きな登山客相手に茶菓子を振る舞う茶店もここが最後だ。
「俗
っ
ぽいねえ」
そう思う。昔幾多の修行僧が踏み固めたという山道は舗装で覆われ、鎌や斧で分け入
っ
たはずの崖道の先に人の家と車がある。
「熊とか、出ねえのかな」
出るかもしれない。そこに考えがいた
っ
て、急に腰が落ち着かなくな
っ
た。
茶碗の底に残
っ
ているお茶を一気に飲み干す。
「行くか」
荷物を背負い直そうとしたが、隣に座
っ
ている彼女は動かなか
っ
た。
「なんだよ」
彼女は膝の上に綺麗に手を揃えたまま、ほうと前方に目をはな
っ
たままである。
「気に入
っ
たのかよ」
視線の先には、藪を背負
っ
て匂い立つ沈丁花。
それをふわふわと見つめる死んだ女は、さながら静止した風鈴か。
軽くつつけば、細切れに散
っ
て空中にただよい霧散してしまいそう。
最初の女は、紫陽花の花を描いていた。
真
っ
白のスケ
ッ
チブ
ッ
クに青と紫のクレヨンを塗りたくり、お約束のように蝸牛をのせていた。
蝸牛なんかいないじ
ゃ
ん、この嘘つき、とい
っ
たらべそをかいて泣きだした。
涙が青色の紫陽花を汚していた。
次の女は、ツツジの茂みのそばに屈んでいた。
ピンク色の花弁をちぎ
っ
て、がくから蜜を吸
っ
ていた。
あんたもどう、と差し出してきたので、汚いからいらん、と言
っ
てや
っ
た。
三番目は大きな家に住んでいた。
珍しく電話がかか
っ
てきたので出ると、うちにある珍しい花が咲いたの、見に来てよ、と弾んだ声で言
っ
た。
家に行くと、レー
ス編みのかか
っ
たピアノがあり、陶器の天使とドレスをきた人形がう
っ
とりした顔で座
っ
ていた。庭に面したサンルー
ムには、壁と同じ高さの置き時計が時を告げていた。
花の名前は泰山木だ
っ
たと思う。俺はもうその子に電話をかけなか
っ
た。
最後の女は百日紅の木の根本にいた。
広い額の下からまん丸の瞳がふたつ、いつもこちらを見上げていた。
コンクリの道路に落ちた、薄紅色の散
っ
た花をひとつひとつ拾い集め、ひとつひとつ束にして笹の葉でくるみ、ちいさな花束をこさえていた。
幼稚園の子にあげるのよ、と笑
っ
ていた。
今どきの子はそんなもの喜ばないだろ、と思
っ
たが、黙
っ
ていた。
ブウン、という羽音が耳元で鳴り、思わず自分の耳を殴
っ
た。
隣にいる死んだ女はあいかわらずふわふわと座
っ
ていて、こちらに見向きもしない。透き通
っ
た髪に手を通そうものならそのまま突き抜けて、薄い膜のようにただよい消えていきそうだ。
「お前に限
っ
たことじ
ゃ
、ないよなあ」
風向きが変わ
っ
たのか、白い花毬の甘い香りがこちらにまでただよ
っ
てきて、女の透明な身体にまとわりついている。
そ
っ
と腰を浮かせて座る位置をずらした。白い透明な身体のすぐ近く、深呼吸をすれば靄のような女を吹き散らしてしまいそうな距離。
女の身体からは、甘い沈丁花の香りに混じ
っ
て、爽やかな新芽を思わせる香りがした。
ふと右肩越しに振り返る夕焼けには、ぽつんと点じた金星の光り。
「そろそろ帰らないか?」
弱々しい声しか出せなか
っ
た。き
っ
と彼女には聞こえなか
っ
ただろう。
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