てきすと怪2014
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轢死
投稿時刻 : 2014.09.14 18:05 最終更新 : 2014.09.15 00:16
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- 2014/09/15 00:16:40
- 2014/09/15 00:05:18
- 2014/09/14 21:28:05
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ロードキル
ドーナツ


 俺の叔父は、いわゆる見える人だた。しかし、近親者の誰もが本気にしない。叔父は大人たちから軽んじられていた。彼らに習い、子供だた俺でさえ叔父の話を半分も信じていなかたくらいである。
 周囲の無理解と言てしまえば簡単だが、叔父にも悪いところはあた。平気で嘘を吐くのである。
「潰れてぺしんこになるらしいよ」
 不思議なものが見えるなら、叔父は己の運命もわかるのではないか。そう思い、死の瞬間を尋ねた俺に叔父はそう答えた。
「それどういう意味?」
「わからない。それ以外は、すごく暗いんだ。よく見えない」
 叔父は縁側から庭を眺めている。
「そうだ。傍に誰かいた気がする。……うん。思い出してきた。女の人だな。裸のすごい美人」
「本当!」
 俺は身を乗り出した。
「嘘だよ」
 万事が、こんな調子である。

「一男。友孝さんのところへ、これを持て行て」
 惣菜のタパーを風呂敷へ包んで母が俺に差し出した。新聞を読んでいた父の口がへの字に曲がる。父は叔父を嫌ていた。子供の俺にも一目瞭然だたが、母はこの件に関して非常に無頓着である。惣菜の他にも貰い物の菓子や果物を俺に届けさせていた。
 叔父と俺の家は、歩いて二十分ほどである。田畑の広がる中を急ぐでもなく歩いた。
「いつも悪いね。満知子さんによろしく言て」
 叔父は、いつも愛想が良い。上背があり、風采もこの辺りの基準では優れていた。母方の血筋だろうというのが親類筋の憶測である。
「昨日、駅前まで出かけたんだ。食べないか?」
 包装紙を取り去た裸の箱を開ける。石橋屋の駄菓子だ。
「食べる」
 叔父にお使いの荷物を手渡し、代わりに箱を受け取る。叔父は奥へ引込み、包装紙のかかた同じ大きさの箱を持てきた。
「こちは、お土産。満知子さんに渡してくれ」
 最寄り駅までは車で十分ほどである。しかし、叔父は徒歩で行くより他なかた。免許がないことも理由のひとつだが、彼が接触すると車は故障し、走行できなくなる。これは動力源のない自転車であても同じで、二人乗りも不可能だた。
「兄さんは、食べないよな?」
 父は叔父の寄越したものには触らない。
「うん」
「あの人。俺を嫌てるだろ?」
 頷きながら、俺は菓子を口へ頬張た。
「前に死ぬほど怖がらせたからな。仕方ない」
 得意そうに微笑んでいる。
「何をしたの?」
「別に。母親を見せただけだよ」
 父と叔父は腹違いの兄弟だた。祖父は金を渡して叔父の実母を遠ざけ、彼だけを引き取り、籍に入れている。
「どういう意味?」
『本当の母親』とは何を指していたのだろうか。
「さあね」
……あのさ。叔父さんが電車に乗たらどうなるの?」
 以前から疑問に思ていた事柄を俺は尋ねた。
「動かない。俺は、神社のお社みたいなものだよ。どこにも行けないんだ」
 叔父は、この町から出たことがない。修学旅行にも参加できず、海を知らなかた。この山間の小さな町だけが叔父の世界である。

 家の庭に社が建ていた。祀られている神は、雌の大蛇だという。男を嫌うから近付いてはいけないと祖父から言い付けられていた。もとより社なんかに興味はない。俺には何ら不服のない申し渡しだた。

 アスフルトの脇の地面にヒキガエルがうずくまている。俺は届け物のスイカを抱え、ヒキガエルへ目をやた。ヒキガエルは鳴きもせず、微動だにしない。そこへ横合いから細長いものが現れ、巻きついたかと思うと、もうカエルはいなかた。代わりに腹を膨らませた白い蛇が畦へ逃げていく。這いながら畑の中に消え去た。

 叔父の生活費は、すべて祖父が賄ていた。日常に入用があれば、いちいち断らなくてもいい額を年単位で与えていたらしい。
「何か見えるの?」
 叔父は煙草を喫いながら、縁側から庭を眺めていた。
「うん。今日は多いよ」
 庭には誰もおらず、丈の高いひまわりが生えているだけである。しかし、叔父は、そこに不可思議なものを捉えているらしかた。
「何か言てる?」
 頷いた叔父は、ぼくを見返る。
「神様は、お腹がいぱいだから当分、心配ないそうだ」
 俺は吹き出しそうだた。叔父の話を頭から馬鹿にする。叔父も、それはわかていただろうが、腹を立てることはなかた。
「神様なのにお腹が空いたりするの?」
「何だかね。そうらしいよ」
 いつの間にかヒキガエルが寄り合て鳴き始める。
……でも、寂しい。もう会えないんだ」
 叔父の目頭を涙が一筋流れて、落ちていた。

 八月に入ると俺は同じ夢に悩まされるようになる。俺は食事の席で打ち明け、父から言下に怒鳴りつけられた。口外無用と申し渡される。腹が立ち、俺は夕食を半ばにして席を立た。
 俺は甘やかされて育た子供である。理不尽な仕打ちを堪えられなかた。
 翌日、父は気を変え、俺に小遣いを渡して諭す。盆を過ぎれば夢を見なくなる。それまで我慢しろと言た。
「どんな夢か知てるの?」
 俺は父の顔を睨む。
「ああ。みんな見ているよ。俺も、父さんも。親類の男はみんな見てる」
「なんで?」
 父は、途方に暮れているようだた。
「盆が過ぎて、おまえに覚悟があたら話す」
 父の目の下に隈が浮いている。夢のせいで眠れないんだと俺もようやく悟た。

 盆を迎えた檀那寺の本堂に血縁の男が十数名、集まていた。今晩は、俺を含め全員、ここへ泊まるという。そう祖父から命じられたことよりも、これほど多くの男が親類にいた事実に驚いた。ほとんどが初めて顔を合わせる人間である。
「叔父さんは?」
 尋ねる俺に父は嫌な顔をした。
「あいつは、血縁じない」
 言い切る父は苦々しげである。父は俺から離れ、本家の長男として挨拶回りを始めた。同年代の従兄弟たちと話しているうちに俺も叔父の存在をすかり失念する。
 遅くまで酒盛りをする大人たちを置いて、住職の奥さんに案内された座敷に子供だけで休んだ。

 目を開いた俺は夢を見ているのだと思た。夢と同じ光景が目の前に広がていたからである。しかし、夢とは異なり、傍に父が立ていた。父だけではない。薄暗い中に子供を含む十数名の男が佇んでいた。
「父さん?」
 背後から汽笛の音が聞こえ、その場の全員が振り返る。その時、初めてそこが叔父の家へ至る寂れた県道だと気付いた。
 道の向こうから列車が近付いてくる。線路もない道の上を最初はゆくりと、だが、見る間に速度を上げていた。俺は逃れようとするが、足は動かない。戸惑い、父を見上げた。
……夢。これ夢だよね?」
 父は首を横へ振る。
「違う」
 二度目の汽笛が鳴り響いた。不吉な車輪の音、列車の揺れまで伝わてくる。間近に迫ているのは、強固で重量のある金属の塊だた。不確かな夢の産物とは到底、思えない。即ち、この列車と真正面から衝突したとすれば、ここにいる誰もがただでは済まないのだ。
「助けてくれ!」
 足元で悲鳴が起こる。なぜ今まで気付かなかたのだろう。男が地面にうつぶせに倒れていた。
「叔父さん?」
 叔父の傍に女が屈み込み、首を掴んで押さえつけている。そのせいで叔父は立ち上がれないらしかた。
「叔父さん!」
 相変わらず足は動かなかたが、俺は叔父のほうへ手を伸ばす。
「止めろ! 身代わりになる気か?」
 父が俺の肩を掴んだ。
「でも」
 父を見上げた俺の耳に三度目の汽笛が響く。列車の前照灯が周囲を明るく照らし出した。女は若く美しい。ほそりした片腕で難なく叔父の自由を奪ていた。優美な曲線を描く体に何も纏ておらず、白い肌が闇を払うようである。
 父に向かて女は微笑んでいた。
「嫌だ、死にたくない! 助けてくれ! お願いだから!」
 涙と汗にまみれた顔を向け、叔父は佇んでいる全員に助けを求めている。
……薄気味悪い。化け物」
 父の口から言葉が吐き出された。汽笛が鳴り響く。光の中で女の体にうろこの紋様が浮かび上がた。
 列車は、叔父の体を容赦なく押し潰す。そして断末魔の悲鳴に耳を塞がれる中、父とぼくの目の前で列車は止また。

 目を開くと俺は寺の座敷に寝ていた。
 眠い目を擦りつつ、広間で食事を摂りながらテレビを眺める。そこへ叔父の訃報が飛び込んできた。道の真ん中に倒れて死んでいたという。遺体は交通事故に遭た体で見事に押し潰され、轢断していた。身元が確認できたのは、財布に入ていた保険証のお蔭だた。
「おまえ。この町から離れたいか?」
 俺が何か聞く前に父から話を切り出してくる。俺は頷いた。
「だたら、深入りするな。町から出られなくなる」
 口を動かしかけ、俺は言葉を呑みこむ。ヒキガエルの鳴き声が遠くに聞こえていた。(了)
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