【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 6
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たとえアナタがいなくても
投稿時刻 : 2014.09.06 19:24 最終更新 : 2014.09.06 19:43
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- 2014/09/06 19:43:49
- 2014/09/06 19:24:47
たとえアナタがいなくても
三和すい


 異変に気付いたのは、一日の仕事を終えて部屋を出ようとした時だた。
「鳴瀬くん、今日はもう終わり?」
「早いな。どうだ、これから一緒に飲みに行かないか?」
「すみません。これから彼女と約束があるので」
 同僚たちの誘いを断り俺は足早に部屋を出る、つもりだた。
 あんな言葉が聞こえてこなければ。
「へえ。 鳴瀬に彼女がいたんだ」
 同僚の声に、俺は「え」とふり返る。すると、部屋にいたほぼ全員が俺に好奇の目を向けていた。俺の戸惑いに気付かずに、何人かの同僚が集まてくる。
「どんな子? 年上? 年下?」
「いたいどこで知り合たんだ?」
「先輩、写真見せてくださいよ。まさか一枚も撮ていないとは言わせませんよ」
 その反応に、俺は既視感を覚えた。
 いや、一月前に俺が彼女がいると口を滑らせた時とほぼ同じ反応だ。少なくとも今この部屋にいる人間は、俺に彼女の顔まで知ているはずなのだが……
「先輩、写真! 早く見せてくださいよ!」
 後輩の女の子にせかされ、俺は携帯電話を取り出す。
 一月前にもこいつに写真を見せてくれとせがまれた。そして、出した携帯を奪われ、彼女との写真を部署全体に回覧された。だから、俺に彼女がいることも、俺の彼女の顔もみんな知ているはずだ。それなのに、何なんだこの反応は。
 わからないまま、とりあえず画像データを開こうとすると、視界の隅ですと手が伸びるのが見えた。慌てて後ろに飛び退くと、後輩が「ち」と舌打ちをする。
 俺の携帯電話を奪う気満々だた後輩に、別の意味で背筋が寒くなる。
 どういうことなんだ?
 俺は夢でも見ているのか?
 手にした携帯電話に表示されているのは今日の日付だ。一月前ではない。
 「写真! 写真!」と騒ぐ後輩の言葉に促されて、ひとまず画像フルダを呼び出すと、
…………え?」
「先輩、どうかしたんですか?」
「いや、その……今日は急ぐから!」
 そう言て俺は部屋を飛び出した。「明日必ず見せてくださいね」と声が聞こえてきたが、それどころではなかた。
 目に付いたトイレに飛び込むと、個室に入り携帯の画像データを見る。
 彼女の写真が一枚もなかた。
 何かの拍子にデータをうかり全消去してしまたわけではない。彼女が写ている写真だけ、俺が撮たはずの彼女の写真だけがないのだ。
(どういうことだ……
 ハとしてメールボクスを呼び出す。
 ない。彼女から来たメールも、彼女に送信したメールもない。他の知人とやり取りしたメールはあるのに、彼女とのメールだけがない。それどころか着信などの履歴の中にも彼女の名前がない。
(まさか……
 恐る恐る開いた携帯のアドレス帳にも、彼女の名前はなかた。



 その日、俺が自分のアパートに帰たのは夜遅くだた。
 携帯電話のことは何かの間違えだと自分に言い聞かせながら、俺は彼女との待ち合わせの場所に向かた。だが、二時間待ても彼女は現れなかた。
 彼女が約束を忘れたのだろうか。それとも俺が日時を間違えたのか。
(迎えに行かないと……
 そう考えて、俺は愕然とした。
 彼女の家も勤め先も、俺は知らなかた。
 彼女が俺の部屋に来ることは何度もあたが、俺は彼女の家がどこにあるのか知らなかた。
「そうだ! 俺の部屋だ!」
 帰り着くなり、俺は部屋中を探し始める。
 何度も泊まているので彼女の着替えや忘れ物なんかが俺の部屋にはいくつもある、はずだた。
…………ない。ない、ないないないない! どういうことだ!」
 部屋中の荷物をひくり返して、俺は叫んだ。
 彼女の着替えも、彼女が料理の時に使ていたエプロンも、買い足した茶碗や箸も、今朝洗面所で見たはずのピンク色の歯ブラシも、彼女が使ていたすべての物が消えていた。
(まさか、あれもか……?)
 急いで机の引き出しの奥を探る。
 出てきた小さな箱に、俺は少しだけほとした。
 引き出しの奥にしまてあた箱の中身は、大きさが違う二つの指輪だ。彼女の誕生日に渡そうと内緒で買たペアリング。
 さりげなく彼女からサイズを聞き出し、恥ずかしいのを我慢して一人で宝飾店に入り、二時間も悩んで買た指輪だ。
(……まさか俺は、いもしない恋人のために指輪を買たのか?)
 ふとした疑念が、俺の心に広がる。
 それをふり払うように箱のふたを開けると、中には指輪が一つだけ。
 俺の指輪だけが、そこにあた。


「そり、宇宙人の仕業だな」
 次の日の夕方、居酒屋に友人の山崎を呼び出して話を打ち明けると、彼はあさりとそう言た。
「宇宙人がお前の彼女を誘拐したんだ。お前の彼女はきと美人なんだろうな。だから宇宙人にさらわれて、それがバレないように隠蔽工作を……て何か変だな。そうだ。彼女が宇宙人だたんだ。地球の調査に来ていたけど任期が終わて母性に帰らなければならない。だから自分がいた証拠を消すためにだな……
…………
「知ているか? 最近世界中でUFOの目撃情報が急増しているんだぞ。もちろん日本でもだ。だから、お前の彼女が宇宙人だたという可能性もゼロでは……
…………山崎、怒るぞ」
 低い声でそう言うと、山崎はばつが悪そうに頭をかいた。
「悪い悪い。茶化すつもりはなかたんだ。さすがの俺でも信じられなくて、その……すまん」
 謝る山崎に、俺はため息をついた。
 こいつが真顔で突拍子もない話をするのはいつものことだ。
 それに、こいつに相談したのは確かめたかたことがあるからだ。
 山崎は何度か俺の彼女に会たことがある。
(それなのに、こいつも彼女のことを覚えていないのか……
 うなだれる俺の肩を、山崎が叩く。
「元気出せよ。とりあえず気分転換にドライブにでも行てみるか? 最近UFOの目撃情報が続いている場所が割と近くにあてだな……
 と山崎が口にした地名に、俺は顔を上げた。
「山崎、頼む。今度の休みに、俺をそこに連れて行てくれ」


 恥ずかしながら、俺は運転免許を持ていない。
 だから、一月前のドライブでは彼女が運転していた。
 彼女が運転する車の助手席から見た風景を、今度は山崎が運転する車の助手席から俺はぼんやりと眺める。
 そう。山崎がUFOの目撃情報が増えていると言ていたのは、前に彼女と一緒にドライブで来た場所だた。
 別に山崎の戯言を信じたわけではない。
 ただ、彼女がいたという証拠を何でもいいから見つけたかた。
 あの日から、彼女からの連絡はない。
 彼女が俺の前に現れることもない。
 そして、彼女を知ている人間も見つからない。
 ――本当に、彼女は存在していたのか?
 俺が彼女がいると思い込んでいるだけではないかと時々不安になる。
 そんなはずはないと自分自身に言い聞かせながらも、俺の心は揺らいでいた。


「着いたぞ」
 そう言て山崎が車を止めたのは、小高い丘の上の駐車場だた。
 見晴らしが良く、彼女とのドライブの帰りにも立ち寄た場所だ。
 すでに陽は沈み、薄暗くなた空には星がいくつも輝き始めている。
 山崎がカメラや三脚などの機材を車から降ろしている間、俺は近くのベンチに座り、夜の闇に包まれようとしている山並みを眺めていた。
 あの時は、彼女と二人でこのベンチに座ていた。
『また二人で来ような』
 俺の言葉に、彼女はにこりと微笑んだ。
 微笑んだだけで、彼女は何も言わなかた。
 てきり彼女も俺と同じ気持ちだと思ていたのだが、ひとして彼女はこの時からすでに俺の前から消えるつもりだたのか?
 いや、彼女が自分の意志で姿を消したとしても、何故誰も彼女のことを覚えていないんだ?
 本当に彼女はいたのか?
 俺の頭の中だけでなく、この現実の世界に。
(いた! いたんだ! 彼女は絶対にいたんだ!)
 俺は持ていた指輪を握りしめる。
 小さな硬い感触を自分の手のひらに刻むように、強く握りしめる。
(俺が彼女の存在を信じなくてどうする! しかりしろ!)
 そう自分自身を奮い立たせた時だた。
「おい、鳴瀬! 空を見ろ、空を!」
 興奮した山崎の声に、俺は顔を上げた。
 夜空に広がる無数のきらめきに、目を見張る。
 白い光が降り注ぐ中、俺の意識は途絶えた。


    ※    ※


 自分の研究室でデータを入力していると、ガチリと音がした。
 画面に顔を向けたまま、私は入口に目を向ける。
 よう、と気さくなあいさつをしながら入てきた男に、私は迷わず持ていたカプを投げつけた。金属製のカプは男の頭の横をかすめて入口近くの壁にぶつかる。
「ずいぶんと手荒いあいさつだな」
 警告を無視してテリトリーに入てきた男に、私は問いただす。
「何の用?」
「それが久しぶりに会た恋人に言うセリフかよ」
「元恋人よ。間違えないで」
 そう。私はこの男と婚姻を前提に付き合ていたことがある。
 別れた原因は、彼の心変わりだ。

 ――しばらく距離を置こう。
 ――君が嫌いになたわけじないんだ。
 ――君には俺よりも他にもと相応しい相手がいる。俺なんかと付き合て、君の時間を無駄にするわけにはいかない。

 そんなきれい事を並べ、私の気持ちも考えずに去ていた男は、次の日には別の女を口説いていたらしい。
 そんなことはきれいさぱり忘れたように、男はするすると私に近寄てくる。
「連絡を取ろうとしたらいないから驚いたぞ。開拓予定地でずと現地調査をしていたんだてな。長期任務、ご苦労さん。ん?」
 男の視線が私の胸に向けられる。正確に言えば、私が首にかけている物にだ。
「何だ、これ? 調査先で見つけたのか?」
「触らないで!」
 私は身をひるがえす。
 首のチンに通した小さな金属製の輪が揺れた。
「悪いけど、帰てちうだい」
「何だよ。つれないな
 少しムとしている男に、私は言う。
「どうせ他の女に婚姻を断られたから、私のところに来たんでしう? 私がいない間に何人の女にふられたの? 五人? 十人? それとも二十人?」
 私よりもいい女を探すために、この男は私と別れた。
 そう。私よりもいい女はたくさんいる。けれど、私よりもいい女がこの男を相手にするとは思えない。以前の私なら、怒りながらも彼を受け入れたかもしれないが、もう遅かた。
「ああ、そうだよ。お前以外の女は誰も相手にしてくれなかたんだよ!」
 開き直た男は、私に顔を近づける。
「俺もお前もそろそろ婚姻しないとまずい時期だ。俺と別れてからすぐに現地調査に行たんだ。お前に相手を探す時間なんてなかたはずだ。もう時間がない。なあ、俺にしろよ。それがお前のためだ」
 かつて私のためだと別れを切り出した男の言葉に、私は笑た。
 そして、きぱりと言い放つ。
「お断りよ」
「後悔するなよ!」
 ありふれた捨て台詞を残し、男は部屋を出て行た。
 ようやく静かになた研究室の中で脚部を伸ばし、天井を見上げる。
……ええ。後悔なんかしないわ」
 たとえ今の立場や生活を剥奪されることになても、私は誰とも婚姻するつもりはなかた。

 私たちの星では、異性と婚姻し、子を成すことが重視されている。
 増殖。それは種として当然の欲求だからだ。
 結果として、私たちの種族は増えすぎた。自分たちの星だけでは住みきれないほどにだ。
 だから、私たちは宇宙に第二の住処を求めた。
 けれど生存可能な惑星はなかなか見つからず、ようやく発見された惑星にはすでに知的生命体が惑星中に繁殖していた。
 彼らを排除するか、それとも他の惑星を探すか。
 どんどん新しい命が生まれる中、後者を選ぶほどの時間は私たちには残されていなかた。
 その惑星の知的生命体を排除するには、まず調査が必要だた。
 密集生息地にミサイルを撃ち込んだり、彼らに有害な物質を散布すれば簡単だが、場合によては私たちが住めなくなる危険性がある。それでは本末転倒だ。それに彼らもそれなりの技術を有する生命体。私たちよりも劣るとはいえ駆除の過程で攻撃される可能性もあるし、わずかでも残存すれば再び増殖する危険性もある。
 私たちにとて不要な生物のみを安全に駆除する。
 その方法を探るために、擬態した私は調査員の一人としてあの惑星に派遣された。
 そして、「彼」と出会てしまたのだ……

 最初は、必要なデータを効率よく収集するために彼と接触しただけだた。
 それが何度か会ううちに、彼と話すのが楽しくなていた。次に会う日を楽しみにするようになていた。ずと一緒にいたいと考えるようになていた。
 駆除対象である知的生命体の彼を、私は愛してしまたのだ。
 けれど、私たちが婚姻することは不可能だ。
 生物学的に可能だたとしても、私たちの種の中に異物を取り込むことになる。それは誰もが反対するだろう。
 サンプルとして彼だけを母星に連れて帰ることも検討した。
 だが、彼は完全駆除対象の知的生命体。申請しても許可されるとは思えなかた。
 ……いや。もしかすると手を尽くせば可能だたかもしれないが、私にはできなかた。
 彼を私の母星に連れて来るということは、彼に私の本当の姿を見せるということに他ならない。
 彼とは短い付き合いだたが、それでも彼が何を好み、何を嫌うかはわかていた。そもそも彼らの社会に紛れるために調査員全員が彼らの嗜好を学んでいた。
 私の本当の姿を見た彼がどんな反応をするか、今も考えただけで体が震える。
 胸元に下げた金属の輪が、小さく揺れた。
 これは、私があの惑星にいた痕跡を消している最中に彼の部屋で見つけた物だ。
 万が一にでも私たちの計画が漏れてしまわないよう、調査員は帰還する前にすべての痕跡を消去しなければならない。この指輪もその対象に含まれる。
 けれど、できなかた。
 小さな金属の輪が何を意味するのか知ていたから、どうしてもできなかた。
 彼の頭の中に記録されている私の情報も、最後まで消せなかた。
 私が愛した彼は、もうこの世には存在していないだろう。処理班の手によて、あの惑星の不要生物はすでに排除されているからだ。
 彼はもういない。
 いや、彼らの大部分が存在すると考えていた「あの世」というものが本当にあるのなら「彼」はそこにいるのかもしれないが、私が「彼」と触れ合うことは不可能だ。
(みんな、私の正気を疑うだろうか?)
 駆除された不要生命体のために、もう存在しない相手のために、私が婚姻しないという道を選択したと知たら。

 ――たとえアナタがいなくても、私はアナタだけを永遠に愛し続ける。

 首から下げた指輪を、私は四本の触手で強く包み込む。
 小さな金属の感触をこの身に刻み込むように。
 自らの決意を心に刻み込むように。

                              (終)
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