てきすとぽい
X
(Twitter)
で
ログイン
X
で
シェア
第21回 てきすとぽい杯
〔
1
〕
…
〔
2
〕
〔
3
〕
«
〔 作品4 〕
»
〔
5
〕
〔
6
〕
…
〔
15
〕
未練の手
(
みお
)
投稿時刻 : 2014.09.20 23:14
字数 : 1357
1
2
3
4
5
投票しない
感 想
ログインして投票
未練の手
みお
誰かの携帯電話が鳴
っ
た。
ここは静まりかえ
っ
た乗り合いバスの中である。だというのにその音は、じ
ゃ
んじ
ゃ
らと激しく無粋で煩い。耳について仕方が無い。
読書に浸
っ
ていた私は、苛立ちを押さえきれず周囲を見渡す。
どうせ、こんな音を鳴らすのは若者だ。若者は、マナー
を知らない。こうい
っ
た場所は、静謐であるべきなのだ。静かに、目的地までの旅を楽しむべき場所なのだ。
無粋な音で空気を壊した若者は、こともあろうに喋りはじめた。
(
……
あなた)
何か一言い
っ
てやる。といきり立つ私の腕を、隣席の妻が押さえる。
見れば、彼女は静かに編み物などを楽しんでいる。そしていつも通り、困
っ
たような笑顔で私を見上げるのだ。
いつもそうだ。血気盛んな私を押さえて、留めるのが彼女の役割であ
っ
た。
(誰も怒
っ
ていないでし
ょ
う。ほら、みんなこんなにゆ
っ
くりしているじ
ゃ
ありませんか)
彼女はそ
っ
とバスを見渡す。それは小さめだが、心地のいいバスである。
台風が近づいているため、目的地に着くのが少し遅くなる。と、先ほどアナウンスがあ
っ
たばかりである。しかし誰も怒らない。
むしろ、ゆ
っ
くりできていいものだ。などと言
っ
て、各々好き勝手をしている。
ヘ
ッ
ドホンで音楽を聞く女がいれば、その隣の子供はイヤホンを付けてゲー
ムに興じ、その向こう側に座るサラリー
マンは映画なんぞをみているようだ。
気がつけば、携帯電話で喋
っ
ているのは件の若者だけではなくな
っ
た。
あちこちで、楽しそうに賑やかに、声が聞こえる。それは皆優しい声なので、私は急に毒気がぬかれた。
し
っ
かりとしめてあ
っ
た窓のカー
テンを覗くと、ひやり伝わる秋の風。
気がつけば外はす
っ
かり秋である。もの悲しい秋の風だ。
(
……
冷えるだろう。これを着ておきなさい。風邪を引くといけないから)
妻は身体が弱い。それを思い出し、私はジ
ャ
ケ
ッ
トを脱いだ。肩にかけてやると彼女は少女のように笑う。
(いやだわ。私、あなたより先にここにいたんですよ。何年もあなたを待
っ
て。だから見てください、こんなに沢山のマフラー
を編んでしま
っ
て
……
馬鹿でし
ょ
う。あなた一人しか渡したい相手なんていないのに、こんなにたくさん)
代わりに彼女が私に差し出したのは暖かいマフラー
である。赤に黄色に緑色。その数は膨大だ。一枚手に取り巻き付けると妻の香りがする。
(お前は昔から編み物が得意だ
っ
た)
(死んでもや
っ
ぱり、どこか未練があるのでし
ょ
う。編み物も、本も、音楽も。携帯電話で喋
っ
ている子も
……
だから許してくださいね)
あなた。と、妻が微笑む。大きなマフラー
の下、誰にも見られないように手を繋ぐ。もう、二度と暖かくならないその手を。しかし、馴染んだその手を。
私は本を閉じ、背を正し、窓の外を見た。
太い道をバスが行く。道の左右で風に揺れるのは赤い曼珠沙華である。それはまるで炎のようで、大嫌いな花だ
っ
た。
しかし、不思議な事に今では人の手に見える。
数百、数千。小さな手が私達を誘う。生き抜いた我らを救う仏の手だ。未練を断ち切らせる仏の手だ。
しかし。
(彼岸に着くまでは、しばらく未練があ
っ
ても、いいだろうか)
(人間ですもの)
妻は呟いて私の肩に寄り添う。
私はその小さな頭をそ
っ
と撫でた。
死者を乗せたバスは、遙か西方へ向か
っ
て走る。
夕陽の落ちるその先。そこは、私達の向かう彼岸の地である。
←
前の作品へ
次の作品へ
→
1
2
3
4
5
投票しない
感 想
ログインして投票