第21回 てきすとぽい杯
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未練の手
みお
投稿時刻 : 2014.09.20 23:14
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未練の手
みお


 誰かの携帯電話が鳴た。
 ここは静まりかえた乗り合いバスの中である。だというのにその音は、じんじらと激しく無粋で煩い。耳について仕方が無い。
 読書に浸ていた私は、苛立ちを押さえきれず周囲を見渡す。
 どうせ、こんな音を鳴らすのは若者だ。若者は、マナーを知らない。こういた場所は、静謐であるべきなのだ。静かに、目的地までの旅を楽しむべき場所なのだ。
 無粋な音で空気を壊した若者は、こともあろうに喋りはじめた。
……あなた)
 何か一言いてやる。といきり立つ私の腕を、隣席の妻が押さえる。
 見れば、彼女は静かに編み物などを楽しんでいる。そしていつも通り、困たような笑顔で私を見上げるのだ。
 いつもそうだ。血気盛んな私を押さえて、留めるのが彼女の役割であた。
(誰も怒ていないでしう。ほら、みんなこんなにゆくりしているじありませんか)
 彼女はそとバスを見渡す。それは小さめだが、心地のいいバスである。
 台風が近づいているため、目的地に着くのが少し遅くなる。と、先ほどアナウンスがあたばかりである。しかし誰も怒らない。
 むしろ、ゆくりできていいものだ。などと言て、各々好き勝手をしている。
 ヘドホンで音楽を聞く女がいれば、その隣の子供はイヤホンを付けてゲームに興じ、その向こう側に座るサラリーマンは映画なんぞをみているようだ。
 気がつけば、携帯電話で喋ているのは件の若者だけではなくなた。
 あちこちで、楽しそうに賑やかに、声が聞こえる。それは皆優しい声なので、私は急に毒気がぬかれた。
 しかりとしめてあた窓のカーテンを覗くと、ひやり伝わる秋の風。
 気がつけば外はすかり秋である。もの悲しい秋の風だ。
……冷えるだろう。これを着ておきなさい。風邪を引くといけないから)
 妻は身体が弱い。それを思い出し、私はジトを脱いだ。肩にかけてやると彼女は少女のように笑う。
(いやだわ。私、あなたより先にここにいたんですよ。何年もあなたを待て。だから見てください、こんなに沢山のマフラーを編んでしま……馬鹿でしう。あなた一人しか渡したい相手なんていないのに、こんなにたくさん)
 代わりに彼女が私に差し出したのは暖かいマフラーである。赤に黄色に緑色。その数は膨大だ。一枚手に取り巻き付けると妻の香りがする。
(お前は昔から編み物が得意だた)
(死んでもやぱり、どこか未練があるのでしう。編み物も、本も、音楽も。携帯電話で喋ている子も……だから許してくださいね)
 あなた。と、妻が微笑む。大きなマフラーの下、誰にも見られないように手を繋ぐ。もう、二度と暖かくならないその手を。しかし、馴染んだその手を。
 私は本を閉じ、背を正し、窓の外を見た。
 太い道をバスが行く。道の左右で風に揺れるのは赤い曼珠沙華である。それはまるで炎のようで、大嫌いな花だた。
 しかし、不思議な事に今では人の手に見える。
 数百、数千。小さな手が私達を誘う。生き抜いた我らを救う仏の手だ。未練を断ち切らせる仏の手だ。
 しかし。
(彼岸に着くまでは、しばらく未練があても、いいだろうか)
(人間ですもの)
 妻は呟いて私の肩に寄り添う。
 私はその小さな頭をそと撫でた。


 死者を乗せたバスは、遙か西方へ向かて走る。
 夕陽の落ちるその先。そこは、私達の向かう彼岸の地である。
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