目的
「少し前に、そこの駅前広場に高校生がたくさんいたんだよ」
「修学旅行シー
ズンだからかしら。ところで話ってなに?」
「目的はもうすんだよ」
「え?」
「なにか注文してきたら。これ? エスプレッソだよ。きみはこういうのは苦手だろう」
「で、話ってなに?」
「それ、なにを買ってきたの?」
「コーヒーよ。普通の『本日のコーヒー』ってやつ」
「へえ、本日のコーヒーってなんだった?」
「そんなの覚えてないわよ。どっかの地名みたいな名前のコーヒー。なによその顔。で、なにか話があったんでしょう」
「きみを待っている間、この窓から駅前広場を見ていたんだ。制服を着た高校生が集合して、整列し、それから町のほうへ向かって飼い慣らされた山羊のように歩いて行くのを見ていた」
「待ち合わせに遅れてきたのは悪かったってば。メールを送った時には、もう会社を出るつもりだったのよ。だけど急に部長に呼び止められて。しょうがないでしょ」
「少ししか待ってないよ。僕だって部下に指示を出してから退社したんだから」
「長い時間待たされたっていう嫌味じゃないの?」
「もちろんそんなつもりじゃないよ」
「私に話したいことがあるって、言ってなかったっけ」
「きみに話したいことがあった。でももう終わった」
「私はここに来たばかりだし、コーヒーだってまだ半分も飲んでない」
「それおいしい? 本日のコーヒー」
「別に、普通のコーヒーの味よ」
「だけど本日のコーヒーは、毎日違う味なんだろう」
「毎日飲んでるわけじゃないから分からないけど、普通よ」
「普通の毎日、なるほど。あるいはそういうものなのかも知れないね」
「だから、なにか話があるんじゃなかったの」
「つまりはこういうことだ。対話には当初目的があった。だけどそれは足早に片付けられ、あとには対話のための対話が残る」
「よく分かったわ」
「理解してくれたかい」
「対話のための対話なんて、とてもイライラすることが分かった。私たち別れましょう」