第22回 てきすとぽい杯
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殴りつづける。
投稿時刻 : 2014.10.18 23:19
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殴りつづける。
あくああるた。


 英俊の趣味は、壁殴りである。
 それは時に趣味の範囲を逸脱し、街のマポ、いわゆる警察に連行されそうになるようなこともあるが
 彼の本質は単に壁を殴り、己を鍛えることにある。
 そのため当然、彼は可憐な乙女に対してきわめて紳士的であたし、彼の素朴な風貌からは、
 警察の厄介になる暴れん坊、というのはまたく合致しなかた。
 また、幼少期からの習い事に太鼓があり、彼は太鼓の達人であた。
 それがゆくりと広まていき、誰とも知らぬ間に、彼のあだ名は壁ドンになた。

 「ドンさん、今日はどうするんだ?」
 英俊は、ゆくりと振り返た。そこにいたのは彼の体格の二倍はあろうかと言う大男であたが
 キラクターの絵がプリントされたハピに、はちまきを付けた妙な風貌の男だた。
 彼は自分の名を刹那だといているが、それが偽名なのはすでに俊英はわかている。
 要するに自分に酔ている。だがそんなことは関係がない。その鍛え抜かれた上腕二頭筋が、並々ならぬ
 技の持ち主であることを主張し、この妙な男が、壁殴りの技を持つと英俊は知ているからだ。
 「三丁目の通りをめぐる、それだけだ」
 それだけつぶやくと妙な男と、素朴な男は連れだて出ていく。

 このころ、壁ドンというあだ名が自分につけられていることに英俊は気が付いていた。
 また、女性に対して恋愛におけるものであると誤解されている、ということが彼の悩みの種でもあた。
 自分の壁ドンは単なる壁殴りであて、そもそも壁ドンですらないのに、それを人に揶揄され、
 あろうことか誤解されている。それが我慢ならない。だからこそ、かれは壁を殴る。
 それが唯一、自分を表現することであり、また、壁ドンというあだ名に対する精一杯の抗議であた。

 のちに、彼は壁殴り大革命を起こすことになるのだが、
 このころの彼は自分の技を高めることと、あだ名への抵抗だけが活動の主軸になていた。


 今日もまた、壁殴りが始まる。
 「―――、よろしくお願いいたします!!!」
 この細い体格のどこから声がでているというのだ。傍らの刹那は日々そう思ていた。
 刹那自身、壁殴りには誰にも負けないという矜持があた。
 いつから始めたのかはもう忘れたが、始めたころから今の今まで、誰にも負けていない。
 誰も止められないと、彼はそう感じでいた。

 ―――美しくない、それがお前の敗因だ。

 そう言て見せた壁殴り、いや、彼には舞に見えた。たた一度の壁殴りを見た時にすべてが変わた。
 生命の躍動、礼に始まり、礼に終わる。英俊の壁殴りには刹那にはない美しさを備えていた。
 自らのつたない力任せの壁殴りを刹那は恥じた。
 それだけ英俊の壁殴りは次元の違うものだと、思い知らされたのだ。
 しかし彼はそれを素直に認めることができず、あくまであだ名の壁ドンのドン、の部分で呼び続ける。
 彼の心中を察するに、本当は壁殴りの師として仰ぎたいが、それを矜持が許さない。
 だからこそ、今は技を鍛えるときであると刹那は感じていた。

 ドン―――
 薄い壁を素早く、肘を伸ばし切り、流れるように叩く。
 ドドン―――
 後に続く刹那も、同じように同じ音を同じ大きさで。
 壁を殴り、そして動き回る。止まることはない。
 英俊は知ていた。一流の壁殴りは、相手の壁に、殴られたことを気づかせず。
 また、中にいる住民にも気づかれない。自然音のように生活の一部に入り込んでしまうような。
 そんな壁殴りにならねばならないと、ずと思ている。
 ド―――
 その日の三丁目は日が落ち、朝日が昇るまで、壁を殴る音が響き渡たという。
 「なあ、刹那よ」
 汗を流しながら英俊は刹那に問いかける。刹那はついていくので精一杯で、壁から目を離すことはない。
 「日が暮れても、昇ても、また暮れても、俺たちは―――」 

 今日も壁殴りの音が響き渡る。壁ドンとは違う、ただ、壁を殴るだけの純粋な。
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