キャンドルサラリーマン
垂れた蝋燭が皮膚に到達し、その皮膚を熱するたびに男は歓喜の声を上げた。
これだ。
この感覚。
この感覚を感じるたびに、生きていると実感する。
男は何度も喜びの声をあげ、狂喜した。
だが、金を払
って店を出るたび、どこか虚しさを覚えていた。
何かが違う。
そう感じていたのだ。
何か、もっと求めているものはどこか違うはずだった。
だが、それが何かはわからない。
結局、わからずじまいだった。
そう思いながらそっと指輪に触れる。婚約指輪だ。
政略結婚だが、相手はそんなに悪い娘じゃない。契約書を書くように婚姻届も書けるだろう。
もうこんなことは止めにしなければならないな、と男は思う。
もうすぐ結婚する。仕事も順調だ。これ以上ない幸せが待っているはずだ。
だから、こんなことをしていては行けないと男は思うのだった。
だが、やめられない。
男はどこかで蝋燭の蝋の熱さを求めているのだ。
それが心の奥底から求めている熱さなのだ。
だが、ある日、それもついに終わる。
「やっと見つけたわよ」
ふと後ろを振り向くと長身でムキムキで厚化粧のオカマが腕を組んで立っていた。
見覚えはない。だがどこか懐かしいような気もする。
「キャンドルナイト、いえ、テオーデリヒ = ランゲ」
どこか懐かしい響きを感じる名だが、そんな外国人は知らない。
オカマの後ろには小柄ながら、鍛えあげられたと思しき体格の男が立っている。
パーカーを被り、腕にはテーピングを巻いている。ボクサーだろうか。
「見つけたぜ。牛乳よりも美味い飲みもんを」
そう言って傷だらけの拳闘家はカフェラテを飲み干した。
何かが思い出せそうだった。
何かが記憶の中で引っかかっている。
突然、ボクサーに羽交い締めにされたかと思うと、オカマは蝋燭に火をつける。
なんで俺の趣味を知っているんだ! と思ったが口にはしない。
暴れようにも逃れられない。
しかもあれは低融点蝋燭じゃない。あんなもの垂らされたら本当に火傷を負ってしまう。
腕をまくられ、そして蝋燭を垂らされる。
神よ。
皮膚にひどい痛みと熱を感じた瞬間、男は全てを思い出した。
そうだ。
私は神に仕える騎士、そして紅蓮の魔女を追って現代に転生したのだ。
「思い出したみたいね」
そう言って「花束の斧」はウインクしてみせる。
「ああ、手間をかけさせたな」
「何、いいってことよ」
「探すわよ。最後の一人・夢見の神官を」
騎士たちは目覚めた。
己等の使命を再び感じ、決意した。
男は婚約指輪を夜空に向かって投げ捨てた。