多次元ジョー申告所
「ああたが、受付の人?」
と、四十がらみの日に焼けた、黒髪ちりちりの、帽子をかぶ
った男がやってきた。
右手に怪我をしているようで、そこをせっせとこすりながら、
「ああたが、この、多次元ジョ、ジョ、ジョ、ジョ、ジョー申告所の受付の人?」
「……担当官」
じろり、と女担当官ナオミ・ベンケレシアは、銀縁眼鏡の奥から冷たい眼光を飛ばした。
長い髪をかきあげ、相手を値踏みするように睨み、そして溜息交じりに、
「多次元ジョー申告所担当官ナオミ・ベンケレシア。ここはさまざまな次元において『ジョー』と呼ばれてきた人たちを管理把握する場所です。あなたは、前世において、ジョーだったというのですか?」
「え、え、え、何です。ああた、申告所の人でしょう。つまりああたが、受付の人でしょう?」
「担当官。あなたがジョーであったのなら、ここで申告してください。あなたは前世でジョーでしたか? ……あ、先に言っておくけど、別に、ジョーそのものでなくても対象だから。城島とか、丈太郎とか、九条とか。あなた、名前は?」
「そうです」
男は理解できていない。
「ああた、受付の人?」
「……いや、だから私は担当官。受付の人でもいいけど、で、あなたの名前は? 前世の名前。ジョーだったの」
「私の友だちですか?」
「いやいや、違う。あなたの名前。何なの、大丈夫かしら、この人。つまりここは前世でジョーという名前だった人が申告する場所。多次元ジョー申告所なのだから、あなたもジョーだったんでしょう。違うの?」
「ジョーは、私ですか?」
「そうよ。あなた、ジョーだったんでしょう」
「そうです」
「それならいいじゃない。ジョー・何?」
「そうです。ジョー・何です」
「いや、だから、ああ、もう面倒くさい。あなたの氏名は。ジョーは氏名の名でしょう?」
「銘ですか? 座右の銘は、色即是……」
「違います。だから、あなたはジョー・何ですか?」
「そうです。ジョーなんです」
「ちょっと。何これ。私が聞いてるのはファミリー・ネーム。あなたのファミリー・ネームを聞いてるんだけど」
「ファミリーですか? 私は、親父が五十六のときに」
「ああ! だから、ジョー……、私なら、ジョー・ベンケレシアとか。ジョー・マルクスとか、ジョー・デ・トレドとか。あったでしょう? あなたのファミリー・ネーム」
「ああ……それですか。それなら、アルモナシドです」
「アルモナシド? ……イヤに気取った名前じゃない、そんななのに。じゃあつまり、あなたは、ジョー・アルモナシドだったのね」
「私ですか?」
「そうよ。ここはジョーだった人が申告するところなんだから、あなたの名前は、ジョー・アルモナシド。それでいいのね」
「私の名前ですか?」
「そうよ! 他に何を聞いてるの。ああ、もう、なんで名前ひとつ確かめるだけで、こんなに時間使ってるの! あなたの名前。なー、まー、え!」
「私の名前?」
「そう!」
「ホセです。ホセ・アルモナシドです」
「……ええ?」
担当官は目を剥いた。
「あんたジョーじゃないの? ジョーじゃないのにジョー申告所に来たの? あんたここが何をする場所だって知らないで来たの? 何で。何しに来たの。何なのあんた! いい加減にしてよ。あなた何しに来たの!」
「そうです」
「あ?」
「そうなんです、それなんですけどね。ウヘヘヘ」
と、ホセはさも愉快そうに笑って、相手に寒気を起こさせると、
「あれですよ、ああた、私ね、こうして死んだわけですけど、最初は申告なんてことは全然、こっから先も考えてなかったんですよ。ところがね、それ、こっちに来てみると、ふわふわしていい気持ちで、私ね、あなたも知ってるか分からないですけどこんな性格だから、こりゃおもしろい場所へ来たな。あれはどうなってるんだろう、あっちはおもしろそうだって言いながら、あっちへふわふわ、こっちへふわふわって、色々遊び回っていたんですよ。そしたら、アハハ、そこの川縁のところでね、私の友だちの、マルコ・マスカラケにばったり出会ったんですよ! ね! すごい偶然でしょう。ああたも知ってるでしょう、物知りマルコ」
「知りません」
「え? いや、ほら、おでこの真ん中に大きなほくろがあって、頭なんて脳みそがうにゅにゅにゅって飛び出してるみたいな、坊主頭で、背中からはこう、光が差し込んでるようなマルコ」
「だから知りません」
「ああ、そうですか。じゃ今度紹介してあげますよ。いい奴で、本当に物知りですからね。あなたも彼のところへ行けば、いい男紹介して貰えますよ。あなた、独身でしょう」
「放っといてください!」
「まあ、ともかくね、そのマルコが言うには、おいおまえ、死んだらしいな。殺されたらしいな。え、どうだ、どうなんだ。前世での悪業が積み重なって、とうとう殺されたんだろうってね。私のこと言いますのでね、じゃあおまえはどうなんだ。おまえはちゃんと死んだのかって言うとね、そらおまえ、こんな場所にいるんだから、あんまりまともな死に方はしなかったけどって言うから、何のかんのとおまえも悪業が重なったんだな。諸行無常だなあって」
「何の話ですか」
「それでね。その物知りマルコがね、おいおまえ申告所行ったか、申告所行かなきゃいけないぞ、申告しなきゃいけないぞって言うのでね、おい何だ申告所ってって聞くとね、おいおまえ申告しておかなきゃ、来世うまいところへ生まれ直すことができないぞ、早く行け、やれ行けそれ行けって急かすものだから、ああ、そんなものがあるのか。そりゃ