きみとぼくのあいだ
地球は広い。
その上に大勢の人がいる。
そんな中で運命の人なんて見つけることができるのだろうか。否、できやしない。だ
って一生会わない人の方が多いんだ。何県の誰々さん、どこどこ国のほにゃららさん、挨拶どころか顔を見る一瞬すらない人たち。そんな中に僕に一番相応しい人がいたとしても、会うことができない確率の方が高すぎる。まあ、どこかのSFみたいにあなたと一番相性がいい人はこちらですと機械が判別して、日本語や英語も使えない人を紹介されても困るけど。
だから僕が選ぶときは出会った人とこれから出会うだろう人の中から選ばなければいけない。未来のことは不確かで、もう新しい人とは出会わないかもしれないし、僕も歳をとれば価値が落ち始めるピークがどこかに存在する。なかなか難しい問題だ。この問題は僕だけに選択の権利を与えられたものではないのだ。わからなくなってサイコロをふったとしても、もしかしたら最初から答えが存在していない可能性だってある。相手次第。それはイヤだな、と思ってもそれはそれでしかたのない運命だ。僕が好んで選び、相手も僕を好んでくれる人に出会えなかったのが悪いのだろうし。
そんなことを考えていたら、僕はいつのまにかある女性を目で追うようになってた。クラスメイトの新名さんだ。彼女は友達にニーナと呼ばれている。彼女の髪はわずかに茶色く(この学校では何色に染めることも許されている。僕の斜め前に座っている男子は緑色だ)もじゃもじゃっとしていて首から上に広がっている。眼鏡はかけていない。どうもコンタクトをしているらしい。いつも制服なので服装の好みはわからない。ただ下にジャージを履いていることが多いのでスカートは苦手なのかもしれない。性格は明るく、誰とでも気軽に話すことができるタイプだ。僕がたまたま朝、下駄箱のところで一緒になったときも、固まりかけた僕に笑顔で挨拶をしてくれた。
この変な現象はなんだろうか、と最初はよくわからなかった。
僕は彼女をよく見ていて、だけど彼女と目があいそうになると目を逸らす。
緊張があった。
どきどきしていた。
夜、彼女のことを考えて眠れないこともあった。
ある日、友達の佐々木君(呼ぶときは、ささやんと呼ぶ)に相談して、この現象がなんであるのかわかった。どうもこれは恋というもののようだ。恋というものの存在はもちろん知っていたけれど、こんな現象を実感したことははじめてだったので、もっと穏やかなものかと考えていた。
そんなことも話すと佐々木君が「初恋だな」と言った。
そうか初恋か、と僕が思っていると、佐々木君が品のないことを言い出したので、もう相談するのはやめることにした。これ以上、話しているとケンカになりそうだと感じたのだ。
一応、内緒にしていてほしいとだけお願いし、佐々木君も笑って応じてくれたので、これから先、どうしようかと僕は部屋でひとり考えることにした。
どうすればいいか。
答えは決まっている?
告白というものをすればいいとは佐々木君が言っていた。ただタイミングというものがある。僕は新名さんとはさほど話したことはない。なくはないがただのクラスメイトという程度だ。僕がとてもかっこいいとか人気があるというようなタイプならばスタート時の確率もいくらか高いだろう。だが残念ながらそういうわけでもない。酷くはないと思う、その程度の容姿だ。
ならばまずはある程度、仲良くなるのが方針としては正しいだろう。
その考えは間違っていないように思う。
だけどどうすればいいのだろう。
そんな簡単に仲良くなることすら難しい。きっかけとか、趣味とか? 新名さんは放送部に入っている。趣味はテレビゲームらしい。どちらも僕にはない要素だ。しかしここでいきなり転部するわけにもいかず、ゲームをはじめたところで、別の男子の友達ができるだけだろうと思われる。それは望んではいないし、ゲーム自体あまり好きではない。
僕と彼女はとてもタイプが違う人間だ。
なぜ好意を持ったのかわからない。
いや、違うからだろうか。
遺伝子が相互に補完する要素を望んでいるのかもしれない。
そんなことを考えていたら、佐々木君の言葉を思い出した。品がないと、イヤだなと思ったけれど、僕もやはりそういったことを考えてしまうようだ。
……。
つらいな、と感じた。
めんどうだな、と感じた。
楽しいという気持ちは、今はない。
だけど、学校で彼女を見ると、うれしさが発生するような気はする。その裏にやっぱり悶えるようなつらさも合わせて。
こんなことならば、新名さんと出会わなければよかったのに、と思った。新名さんが違う街にいて、僕も別のところで生きていく。そうすれば、楽だったのだ。
だけど、もしそうだったら、僕は別の誰かに好意を持っていたのだろうか。
そんなことを想像する。
クラスには他にも女子がたくさんいる。
だけど、誰を思い浮かべても、新名さんを思い浮かべたときのような感情は湧いてこなかった。
つまり、新名さんの存在が、僕から他の選択肢を奪ったと言える。
これはとても困った問題だ。
もしかしたらもっと僕に合っている人がどこかにいるかもしれない。
それでももう選択肢はひとつしか存在していなかった。
あとその選択肢を正解とするための努力などが必要なだけだ。
テストとは違うな、と思う。難しい。答えはひとつしかなくて決まっているのに、正解か不正解かが不確定だなんて。
ある朝、また下駄箱のところで新名さんと一緒になった。彼女は背を向けていたので、今回は僕の方から先に挨拶をした。
「おはよう!」
どこか変ではなかっただろうか。自然だっただろうか。ちょっとお声が大きすぎたかもしれない。普段、声が小さいと言われるのでその反動になってしまった。
「おはよう」彼女が振り返って笑顔で挨拶を返してくれた。
僕と彼女は三階の教室まで歩いて行く。
話題は文化祭の準備についてだった。
彼女は僕の隣で、でもふれることのないところを歩いている。
西瓜一個分ぐらいのスペース。
それはそれは遠い距離だな、と僕は思った。 <了>