てきすとぽい
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【BNSK】品評会 in てきすとぽい season 7
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…
〔
7
〕
なあ、未来
(
木下季花
)
投稿時刻 : 2014.10.11 13:30
最終更新 : 2014.10.12 03:45
字数 : 8998
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更新履歴
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2014/10/12 03:45:58
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2014/10/11 15:44:18
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2014/10/11 13:53:41
-
2014/10/11 13:52:21
-
2014/10/11 13:30:22
なあ、未来
木下季花
未来からメー
ルが送られてきた。
『私の元には朝がや
っ
てこない』
僕はその不可解なメー
ルを読まなか
っ
たことにして、そのまま大学受験のための勉強をするために机に向か
っ
た。数学の問題を解くことに集中する。
『おい』
一問目に手を付けようとしたところで、すぐにその二文字の文面が、未来から送られてくる。しかし僕はそれも無視して、スマー
トフ
ォ
ンの電源を切
っ
てから、勉強に集中するために、耳栓を付けて机に向かい直した。
が、背後からに
ゅ
っ
と手が伸びて来て、その耳栓は簡単に外されてしまい、僕は後ろから包み込んでくるように手を伸ばしている、その人のことを見る。
「無視すんな」
未来は、小鳥のように口をとがらせながら、拗ねた表情でそう言
っ
た。
「いや、傍にいるんだからさ、直接口で言えばいいだろ?」
僕は呆れながら問題集に取り組み始める。後ろからは言い訳をする子供の様に、未来がごに
ょ
ごに
ょ
と何かを言
っ
ている。
「だ
っ
て勉強に集中してるみたいだし」
「だから
っ
て何でメー
ルなんだよ
……
同じ部屋に居るのに」
「うー
ん
……
暇つぶしー
?」
だ
っ
て全然かま
っ
てくれないんだもん、と抱き着いてくる未来を押し返しながら、僕は椅子を回して彼女の方を向く。
「お
っ
、こ
っ
ち向いてくれた」
未来の表情が明るい笑顔に変わる。相も変わらずころころと表情が変わる奴だ。自分の殻にこも
っ
ている時はこちらが声を掛けても反応しないくせに、構
っ
て欲しい時だけはこうや
っ
て鬱陶しいくらいに纏わりついてくる。
このような関係がもう十年近くも続いている僕にと
っ
てはもう慣れたものだ
っ
たが、友人たちからすれば、僕らのこの関係は恋人のそれであり、僕と未来は結婚するのだという噂が広ま
っ
てしま
っ
ている。ただの幼馴染の腐れ縁だと説明しても、誰もが冗談として受け取る。それは未来が僕に引
っ
付いて甘えてくるのが原因なのだろう。それでもやはり、僕たちは恋人の関係に見えるのだろうか。確かに、僕らの関係をなにも知らずに見たら、案外そのように見えるのかも知れない。
でも幼い頃から一緒に居なければならなか
っ
た僕と未来は、やはり家族みたいな存在で、だから恋愛感情が芽生えることもなく、しいて言えば兄妹のような関係だとしか言う事が出来ない。
以前、文学小説に載
っ
ていたある文章を思い出す。人間や類人猿たちが近親相姦を犯さないのは、幼い頃から過ごしている相手に対して優しさや愛の気持ちが芽生えていき、生殖行為に必要なある種の攻撃性が湧いてこないからだと書かれていた。僕が未来に感じる気持ちもそれと似ていて、好きではあるが、恋愛感情に結びつくことはない。彼女は守るべき対象で、恋をして、結婚をして、子供を育み合
っ
ていく存在には思えない。彼女に対しては性欲が湧かないのだ。僕はそこまで考えて、未来のことなどを真剣に考えてしま
っ
た自分に呆れた。適当にあしら
っ
てしまえばいいのに。僕の言葉を待ちわびている彼女に向か
っ
て僕は口を開いた。
「それで、朝がや
っ
てこない
っ
てどういう意味だよ」
面倒臭さを隠しもせずに訊ねると、未来は口元を歪ませながらふふふと笑い、「言葉通りの意味ですよ
ぉ
、旦那」と言いながら肩を撫でてくる。
「朝がや
っ
てこないんですよ
ぉ
。いつの間にか朝は過ぎ去
っ
てるんです
ぅ
」
「あのな、夜遅くまでゲー
ムや
っ
てるからだろ。だから寝過すんだよ、このアホ。いちいちお前の遅刻に付き合わされるこ
っ
ちの身にもなれ。お前と一緒に廊下に正座させられるの
っ
て本当に恥ずかしいんだからな」
「そ、それはごめんだけど」
「早く寝れば、素直に朝はや
っ
てくるもんだ。自然に朝日で目が覚めて、朝食を食べて、健康的なリズムで生活が出来る。素直な朝がや
っ
てこないのは、お前が自堕落な人間だからだ!この駄目女!」
「ぐは
ぁ
……
」
未来は胸を手で押さえたまま、オー
バー
リアクシ
ョ
ンで後ろに倒れ込む。そして僕は未来のその漫画的なくだらないリアクシ
ョ
ンを無視して、数学の問題を解き始める。いい加減こいつにペー
スを乱されるのはうんざりだ。僕はいい大学に入
っ
て、一部上場のホワイト企業に入
っ
て、お金に余裕のある、気持ちにもゆとりのある生活を送りながら好きなように生きるんだ。そのために勉強を重ねなくてはならない。そこで死んだふりをしている馬鹿とは違うのだ。
「なんで無視するのさー
」
むく
っ
と起き上がりながら、構
っ
てほしそうに文句を言
っ
ているが、無視。
この馬鹿の所為で週末の模試が悪い結果にな
っ
たら一大事だ。
「帰
っ
て勉強しろ。それか早く寝ろ」
「うわ
ぁ
、偉そう」
「少なくともお前よりはまともな人間だからな」
「くそ
ぉ
……
なぜ私はまともじ
ゃ
ないんだ
……
っ
」
どんどんと床を叩いて悔しが
っ
ているアホを、僕は力づくで部屋から追い出す。未来がこうや
っ
て毎日僕の家に遅くまでいるのも、恋人として見られる一因じ
ゃ
ないかと思う。別に拒絶するわけではないのだが、僕らはもう高校三年生なわけだし、いつまでも異性の幼馴染の家に来続けるのはどうかと思う。その辺を未来はどう思
っ
ているのだろう。好きな人はいないのだろうか。まさか僕が好きとでも言うのだろうか? そんなのテンプレー
トなライトノベルじ
ゃ
あるまいし、ず
っ
と一緒にいるからと言
っ
て幼馴染に恋心を抱くだろうか。
「くそー
、追い出したところで毎日未来ち
ゃ
んがや
っ
てきますからね。バイビー
」
少なくとも僕は、自分のことをち
ゃ
ん付けする奴を恋人にしたいとは思わない。
※
僕と未来は家が近いこともあ
っ
ていつも一緒に遊んでいた。
物心がつく前から親同士の交流が始まり、そして子供である僕らも自然と仲良くな
っ
てい
っ
た。未来の家に遊びに行くと、いつも二人の女の子が僕を出迎えた。僕に向か
っ
て優しく手を伸ばしてくれる笑顔の女の子と、その後ろに隠れて僕のことをちらちらと見ている小さい女の子。
未来には『幸』と言う名前の二つ上の姉がいて、僕はその幸を含めた三人でいつも遊んでいた。も
っ
と言
っ
てしまえば、僕はいつも幸に会うために彼女の家に行
っ
ていた。最初に出会
っ
たのが幸の方で、僕と幸は出会
っ
たその日に公園で夕暮れまで遊び、それから小さい子がよく交わす『大きくな
っ
たら結婚しよう』という義理すらもない軽い約束をしていた仲だ
っ
た。未来はと言えば、時たま幸にく
っ
ついてくる恥ずかしがり屋の少女とい
っ
た感じで、幼い頃はあまり話したことがなか
っ
た。幼稚園生だ
っ
た頃、小学校低学年だ
っ
た頃、僕と未来はまだそんなに仲がいいとは言えなか
っ
た。
そもそも僕にと
っ
て思い出せる小さい頃の未来のイメー
ジは、とても引
っ
込み思案で、お姉ち
ゃ
んの服の裾を掴みながら、常にもじもじとしている恥ずかしがりの女の子の姿だ。あまり強く印象に残
っ
てはいない。やはり姉の方の印象が強く、幸はあまり活発とは言えなか
っ
たけれど、物おじしない性格で、言いたいことはち
ゃ
んと言える子だ
っ
た。明るい性格で、いつもみんなを笑わせていた。まさに僕らのお姉ち
ゃ
んという感じの人物だ
っ
た。そして僕は密かな恋心を彼女に抱いていた。
だが僕の恋心は行き場所もなく、宙空をさまよう事とな
っ
た。僕と未来が小学三年生の時、幸が五年生の時に、幸が血小板減少症と呼ばれる病にかか
っ
て、失血死した。彼女は半年ほど入院していたが、容体は日に日に悪くな
っ
ていき、紫色の斑点が体中にできるようになり、最後は自分の体に爪で引
っ
掻いたたくさんの傷を残し、死んでしま
っ
た。彼女から流れる血の量に、彼女の体で生み出される血が追いつかなくな
っ
たのだ。爪で引
っ
掻かないよう彼女は体中を縛りつけられたが、それでも彼女の体からはどんどん血が流れ出した。
僕はほぼ毎日、彼女の見舞いに行
っ
た。ベ
ッ
ドの傍らにはいつも未来が心配そうに見守
っ
ていて、泣きそうな表情で幸に話しかけていて、むしろ病気である幸の方が、心配する未来を宥めたりしていた。
僕らは面会謝絶になる日まで彼女の元に通
っ
たが、とうとう治療の効果が出ることなく亡くな
っ
てしま
っ
た。僕らのそれからの日常はぽ
っ
かりと穴が開いたように、空虚なものとな
っ
た。
そう言えば、幸が入院している時にふと言
っ
た言葉を今でも思いだすことがある。
「私は幸
っ
て名前のくせに、こんな不幸な病気で苦しむなんて、何だか名前を全否定された気分だよ。神様も意地悪だよね。も
っ
と私が幸せに生きられるようにしてくれればいいのに」
彼女は冗談めかしてそう言
っ
たが、しかし僕はどう反応していいのか分からなか
っ
た。笑
っ
てしまえばそれを認めてしまうことになるし、黙
っ
ていても彼女が場を明るくしようとして言
っ
た言葉を無視してしまうことになる。僕は曖昧に笑
っ
て「大丈夫だよ、治
っ
た例だ
っ
てあるんだから」と、気休めにしかならない、まるで役に立たない科白で誤魔化す事しか出来ずに、その後は沈黙するしかなか