ぱずる
小学生の頃、自分はどうやら嫌われているらしいとはうすうす感じていて、理由もなんとなくわか
っていた。
いつも同じ服を着ているとか、歯も磨かない、顔も洗わない、ちびででぶで、頭も悪い女の子を好きになるやつがどこにいるのか。
でもそれは男の子に限っての話で女の子たちには特別好かれないまでも嫌われているとは思っていなかった。
朝、いっしょに学校へ行き、いっしょに帰る。遠足の時のおやつも買いに行くし、放課後、家に遊びに行ったり来たりすることもある。
友達だと思っていた。
家が近所の子は休みの日にもいっしょに遊ぶこともあり、親友とさえ思っていた。あの日までは。
あの日、あの日は3-4時間目が図工で木工パズルを制作中だった。
木の板に絵をかいて糸鋸でくり抜き、いろを塗り、パズルにするというもので、すでに図案もできて板に写し、いよいよ糸鋸を使って
くり抜くという日だった。
糸鋸には台数に限りがあって5人で一台を使う。
糸鋸を使う順番はジャンケンで私は二番になった。
私と同じ班になりたくなかった男の子たちは私のあとに糸鋸を使うことも嫌って聞えよがしに「板がくさる」とささやきあっては笑った。
くり抜くという作業は小学生にはなかなか難易度が高く、ただ切り離していくならともかく、くり抜くためには板に穴を開け、糸鋸を通して切り進めなければならないが板は思いのほか厚みがあり歯が途中で噛んで動かなくなったりする。
あんのじょう、私の板は途中で前にも後ろにも進めなくなった。
嫌いな人間の困った姿はさぞかし小気味よく、でも同時に醜悪で苛立たしく腹立たしい憎しみの対象だったと思う。
他の班は和気あいあいと助け合い、笑い合って進めているのに、こいつのおかげでちっとも楽しくないしそれどころが愚鈍で不器用なこいつのおかげで機械は止まってしまうし、このままでは自分の番が来る前に図工の時間は終わってしまう。やすりだってかけなきゃならないし、色だって塗らなきゃならないし、できればニスも塗りたいのだ。次の図工のまで切り離しに時間がかかったらニスまで塗る時間はないかもしれない。
いらいらや、不安は怒りに変わる。
「お前、その板切っちゃえよ」
「そうだよ、切っちゃえよ。しょうがねーだろ、自分で失敗したんだからさ。たいしたことないよ。切り抜けなくたって、とにかくどうやってもいいから板をはずしてどけよ」
「そうだ、そうだ」
「早く切れよっ」
「切れよっ」
切りたくはないけど、それしかないならしかたない、切ってもいい、だけど切るにもどうにも動かない、動かせない、どうやっていいかもわからない。
それを知っていてはやし立てる。
他の班の手のすいた子も騒ぎを聞きつけてやってくるが遠巻きに苦笑いするだけで助けてはくれない。
友達だと思っていた子も、親友だと思っていた子もこそこそとなにか言い合っては笑っていた。
そうなんだ。
ただ、ただ、早くどけっ なんとかしろっと罵られながら動かない電動のこぎりの前に立ちすくむしかなかった。
そのうち先生がやってきてめんどくさそうに糸鋸を抜いて新しい歯をとりつけ、食い込んだ歯を折って抜きながら「歯が動かなくなったら職員室にいるから呼びに来いって言っただろう」といい、穴と
よれた切れ目の入った板を投げてよこした。
そうなんだ。先生も。
みんながやすりをかけ、色をぬっている頃、まだ一人、糸鋸と格闘していた。
提出日、パズルは完成はしたが、色を塗る時間はなかった。