てきすと怪 2015
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神替わり
投稿時刻 : 2015.08.30 23:00
字数 : 3585
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神替わり
三和すい


「神替わりの儀式?」
 知り合いの編集長からかかってきた電話に、俺は首を傾げた。
 来週T県のある村で行われる祭りの取材をしてほしいという依頼は、フリーのカメラマン兼ライターである俺にとってはありがたい話だ。しかし、神替わりなんて祭りは聞いたことがない。そんなマイナーな祭りが記事になるのかと少し不安になるが、
「頼むー。うちの新人が急に入院することになってー。人手が足りずー。ボクちんはちょうど実家に帰らなければならないのだー」
 この世界に足を踏み入れた時から色々と世話になった恩人からの頼みだ。仕方がない。それに今はちょうど仕事が入っていない。
 場所を聞くと、かなりの山奥だった。車で行くしかないだろう。
「そう言えば、アイツもT県に住んでいたよなぁ」
 ふと、ライター仲間の顔が頭に浮かぶ。
 何かある度に焼き肉に連れていけだの寿司をおごれだのうるさかったが、ここ一年ほどぱったりと連絡が途絶えている。取材のついでに一緒に酒でも飲もうかとメールを送ったが、結局取材先の村に着いた後も返事は来なかった。

 神替わりの祭りは夜に行われる。
 案内人に連れられて、俺は村はずれの神社に続く道を歩く。
 露店などは見当たらない。しかも、祭りに参加できるのは大人だけらしい。神社に向かう人々の中に、子供の姿はなかった。誰もが神妙な面持ちで静かに足を運んでいる。カメラにシャッターを切るのもためらうほどだ。
(もしかすると、記事にならないかもなぁ)
 頼んできたのは旅行雑誌の編集長だ。だから記事を読んだ人が祭りに来たいと思ってくれなければ困るのだが、今のところ微妙な感じである。
 けれど、村に閉鎖的な雰囲気がないのはありがたかった。
 祭りを取材させてほしいと頼むと何故か歓迎され、村長の家で宴会まで開いてくれた。
 ほろ酔い気分のまま、案内人とともに神社にたどり着く。
 境内にはすでに多くの人が集まっていた。おそらく集落の大人のほぼ全員だろう。ただ、若い女性の姿はほとんどない。
 そして、よく見ると全員が首から木の札を下げている。
(そう言えば)
 俺も自分の首にひもでぶら下げた木札を手に取る。宴の前に渡された、祭りの参加者に配られるという木製の四角い札だ。かまぼこ板のような白色の札には「羊」と書いてある。
 隣の男を横目で見ると、赤い木札に「鳥」と書いてあるし、その向こうにいるお婆さんの木札は黄色に「猿」の字。まわりを見回すと俺と同じ「羊」に札を下げている者を何人か見つけたが、木札の色は赤に緑に青。
 どうやら木札の色と文字の組み合わせは全員違うらしい。
(いったいこの札は何に使うんだ?)
 そう思っていると、笛の音が聞こえてきた。
 続いて体に響くような太鼓の音。
 どうやら祭りが始まったようだ。
 音が聞こえてくる方に目を向けると舞台が見えた。おそらく祭りのために作られた仮設の舞台だろう。赤々と燃える篝火に照らされて、舞台の奥に掲げられた存在が闇の中から浮かび上がる。
(……鳥、か?)
 まるでカカシのように棒にくくり付けられたそれは、黒い鳥のように見えた。
 大きさは人間ぐらいあるが、左右に広げられた両腕には黒い羽根が数え切れないほど付いていて、まるで鳥の翼のように見える。
 けれど、本物の鳥ではない。
 全身に黒い羽根で覆われているが、体のバランスは人間と同じだ。おそらく最初にカカシを作り、黒く塗り、それから羽根を取り付けたのだろう。そいつの頭はカカシのように力なくうなだれている。
「あれは何ですか?」
 すぐ隣にいる村の案内人に聞くと、
「この村に祭られている罵阿琉神様ですよ」
「ばある神?」
 聞いたことのない名前の神様だ。
「そのばある神様というのは鳥の神様なんですか?」
「いえ。罵阿琉神様に形はございません。けれど、それでは我々は何に向かって祈ればいいのか困ってしまうので、毎年依り代を決めて、そこに宿っていただくのです。昨年は黒い鳥が選ばれたので黒い鳥を捧げました。その前は緑色の象でしたし、白い烏賊の年もありました」
「今年は?」
「それをこれから選ぶのです」
 なるほど、と思いながら俺はカメラのシャッターを切った。
 神様の新しい依り代を選ぶ。
 神様の宿る場所が替わる。
 だから「神替わり」ということか。
 黒い鳥の前では、神主らしき男が祝詞を上げている。
 たぶん男だと思うがはっきりとはしない。服装は神社の神主のそれだが、髑髏の面を付けているので顔どころか性別すらわからない。ただ、どこか聞き覚えのある低い声は男のものである。
(えーと、誰の声だ?)
 村長ではないと思うが、宴会の時に話した村人の誰かか?
 思い出そうと考え込んだ時、流れていた音楽が変わった。
「ハクト様だ、ハクト様だ」
 集まった村人にざわめきが広がる。
(ハクト?)
 いったい何だろうと思っていると、舞台の上に一人の女が現れた。
 二十歳ぐらいの若い女だ。白い装束に身を包み、頭にはウサギの耳のような飾りを付けている。
(ああ、なるほど。白兎様、か)
 ウサギと何の関係があるのかはわからないが、斧のような道具を両手で振り回しながら踊っている。
 一見物騒だが、軽やかに、そして優雅に踊るその姿は美しかった。
 まるで天使か天女のようだ。
 思わず見とれてしまったが、仕事を思い出し俺は慌てて写真を撮った。
 やがて流れていた曲が止み、白兎の舞が終わった時、座っていた髑髏の面の男が立ち上がった。
「神託が降りた」
 髑髏の言葉に、集まった人々に緊張が走るのがわかった。
 ある者は祈るように手を合わせ、ある者は舞台を食い入るように見つめている。
 誰もが息を呑んで待つ中、髑髏の言葉が響いた。

「今年の依り代は、白い羊であーる!」

(白い羊か。何だか普通だな)
 不覚にも俺はのんびりとそんなことを考えていた。
 羊はたいてい白いものだし、西洋では神への捧げものとして子羊がよく使われる。もっともあれは依り代ではなく生贄だが、それと何か関係があるのだろうか。もしかすると神替わりの祭りは割と最近できたものなのだろうか。それとも古くからある祭りが西洋文化の流入とともに変容したのだろうか……などと思索をめぐらせていた時、
「……違う、俺じゃない」
「俺も違う」
「私じゃないわ!」
 そんな声があちらこちらから聞こえてきた。
 そして、村人たちのざわめきは「どこだ」「白い羊はどこだ」という声に変わっていく。
 俺は自分の首にかかっている木札を見た。
 色は「白」。そこに書かれた文字は「羊」。
(まさか……)
 嫌な汗が流れた。
 いろいろな場所を渡り歩いてきた俺の勘が、警鐘を鳴らしている。
 静かにその場を離れようとした時、誰かに腕を捕まれた。
 ぎょっとして見ると、村の案内人がうれしそうに笑っていた。
「あなたが、白い羊ですね」
 その途端、周りにいた村人たちがいっせいに俺を見た。
「アイツだ」
「アイツが白い羊だ」
「アイツが今年の依り代だ」
 口々に言う村人たちの顔には安堵の表情が浮かんでいる。
 自分ではなくて良かったという安堵の表情が。
「さて、こちらに来ていただきましょうか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 俺は案内人の腕を振りほどいた。
 しかし、村人たちに囲まれ、無理矢理舞台の上に押し上げられる。
 赤々と燃える篝火が、舞台とその周りを照らし出していた。
 集まった村人たちがじっと俺を見つめている。
 そして、舞台の上にいる髑髏の面の男と白兎様も。
「あなたが、今年の依り代なのね」
 赤い唇をペロリと舐め、白装束の女がゆっくりと俺に近づいてくる。
 女が両手に持つ斧の刃が、白く煌めいている。
 近くで見るとわかる。あれは本物の斧だ。斧に似せた作り物などではない。
「……俺を、どうする気だ?」
「決まっているわ。あなたには罵阿琉神様の依り代になるの。そして、あなたを依り代にするのが私の役目」
「依り代に、する? 何のことかよくわからないが、俺は取材できたライターだ。この村とは何の関係もない」
「取材? ライター? そう言えば、去年の依り代もそんなことを言っていたわね」
 白兎は舞台の奥を振り仰いだ。彼女の視線の先にはカカシのように棒に縛り付けられた黒い鳥の人形が……いや、あれは人形ではない。
 間近で見て気づいた。
 あれも本物だ。本物の人間……だったモノだ。
 本物の死体に、鳥の衣装を着せているのだ。
 鳥の衣装の隙間から、大きく切り裂かれた傷が顔を覗かせている。
 そして、首からぶら下がっている黒い木札には、白い文字で「鳥」と書かれている。
(まさか……)
 ある可能性が頭の片隅に浮かんでいたが、認めることを俺の感情が拒絶していた。
 だって、ここは日本だ。
 二十一世紀の日本だ。
 人を殺して神の依り代にするなどあり得ない!
「そろそろ心の準備はできたかしら」
 白兎が両手で斧を構える。
「やめろ! これは犯罪だぞ!」
「ええ、知っているわ」
 当然のようにうなずき、


「だから、何?」


「私はね、ただ血が見たいだけなの」
 艶然と微笑むと、女は俺に向かって斧を降り下ろした。
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