死の矢印
凄い作品ができたから見てほしい。と、大木が駆け込んできたのは、そろそろ店じまいをしようかとシ
ャッターを下ろしかけた時のことである。
子供のようにつやつや光る頬、汚れた眼鏡にだらしなく太った身体。そんな大木の顔を見て私は溜息を押し隠した。けして嫌な奴ではないのだが、突然押しかけて来るのが彼の悪いくせである。
最も、私が相手をしてしまうのが彼を増長させている原因であろうが……。
「店じまいの直前はやめてくれと、何度言ったら分かるんだね」
「まあまあそう言わず。今回の発明品を見ておくれ、きっと親っさんも気に入るだろうからさ」
大木は半分しまったシャッターの隙間から滑りこむ。そして机の上の領収書やら大事な書類を払いのけると、彼はそこに大きな眼鏡を置いた。
「これは？」
「聞いて驚くなよ。これは人の殺意を具現化する眼鏡さ」
「殺意？」
突拍子の無い言葉に私の声は裏返る。大木はトンデモな発明品ばかり生み出す似非発明家である。だいたいはガラクタであるが、時々便利なものを発明することもある。それを買い取るのが私の仕事であった。
「どんな風に見えるんだね」
「まあお聞き。立派な発明にゃまず前口上が必要だ」
大木は眼鏡を弄びながらにやにや笑う。
「これをかけると、人から寄せられている殺意が矢印になって見えるようになる。つまり、自分に向かってくる矢印があれば、誰かが自分を殺そうと思っているってこと……」
「悪趣味だな」
しかしそれが本当ならば事前に命の危機を防ぐ事ができるということだ。俄然、興味の湧いた私はそれを恐る恐ると掛けてみた。
「……わっ」
目前に見えたのは天からまっすぐに私を貫かんと降り落ちてくる、赤に黒に青の様々な矢印だ。私は驚きのあまり尻餅をついた。
「随分恨まれてるみたいだな」
「驚かしっこなしだぜ」
慌ててて眼鏡を外そうとした刹那である。大木の顔がぐにゃりと歪んだ。手に取っているのは彼が先ほど払いのけた書類の一枚。
「親っさん、この発明。到底買えない三流品だって散々こき下ろして挙げ句、親っさんの所で捨てられた……」
大木の顔が赤くなり青くなり、どす黒い色で覆われていく。
「なんでその特許がここに、あるんだ？」
その時私は遅まきながら、この発明品の弱点を知った。
……つまり目前に差し迫った殺意に対しては、理解はすれども身体が動かない。急場はしのげない。
赤く染まる巨大な矢印が私を貫く、同時に大木がナイフを掲げるのが見えた。