第31回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動4周年記念〉
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ケッシンショウ
寿々
投稿時刻 : 2016.02.20 23:46
字数 : 1195
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ケッシンショウ
寿々


「ケシンシウですねえ」
「ケシンシウ?」

 初めて聞く言葉に、山本は眉を顰めた。
 最近、どうにも体の調子がおかしい。食欲がわかず、何をするにもやる気がおきない。溜息の数が増えて、集中力も途切れがちだ。幸い今のところ忙しくはないから、溜まていた有休を使て近所のクリニクを受診した。

……それは、心臓の病気でしうか」

 狭心症という言葉から連想した質問だた。
 まさかそんな重たい病気なのかと青ざめる山本を前にして、佐藤という名札をつけた医者は首を横に振た。

「いいえ、心臓に直接課題をかかえる病気ではありません」

 ひかかる物言いに山本は怪訝そうな顔をする。
 佐藤医師は、メモ用紙に「穴心症」と書き込んで、山本に見せた。

「穴の、心……? 心に、穴……?」
「そうです。昔から『心に穴が空いたような』という表現が存在しますよね。そこから名付けられた病名です」

 山本はハとした。しかし同時に、そんな馬鹿な、という気もする。
 だが医者の顔は至て真面目だ。

「人は昔から、大切なものを失たり、あるいは何かひどく満たさないものを抱えたりして、その辛さや苦しみが一定以上に達したときの心身の状態を『心に穴が空いたような』と呼んできました。最近になるまでそれはただの比喩表現だとしか理解されていませんでした。しかし、やはり昔の人の言葉には意義があたということなのでしう。実は真実を言い当てていたことが近年の研究で明らかになたのです」
「私の心臓に、穴が空いてるていうんですか……

 「心臓ではありません、心です」と佐藤医師は繰り返した。

「確かに心は目に見えません。穴もそうです。しかし『心に穴が空いたよう』になた人々は皆さん同じ症状を訴えます。食欲減退、倦怠感の持続、意識の散漫化、不眠、不安」
「ああ、私と一緒ですね」
「現代は、心の時代です。近頃は、昔よりも、鬱病などの精神疾患の話題をよく耳にしますよね。それは昔よりも人々が心の病気にかかりやすくなたというわけではありません。それではなく、身体を動かし支える心こそが医学においても最も重要視され研究されるべきものだという認識が広がり、その結果、心に対する健康意識が高またからこそ、逆に心の病について言及される機会が増えてきたのです」

 「なるほど」と答えながらも、困惑を顔に浮かべている山本の様子に気づいて、佐藤医師は安心させるようににこり笑た。

「ようは、大事なのは、これは、薬で直ぐに治せる病気ですよ、ということです」
「え、そうなんですか?」

 ようやく、山本の顔にも安堵と、それから期待が広がた。
 佐藤医師は微笑んだまま、さらさらと処方箋に記入する。

「一回の服用で済むと思いますよ」
「それはどういた薬なんでしう」
「これも、昔の人の言葉は優れていたという証明なのでしうね。ほら、こんな言葉があるでしう。『人間の、最も優れた能力は、忘却である』」
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