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第32回 てきすとぽい杯
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 投稿時刻 : 2016.04.16 23:39 最終更新 : 2016.04.16 23:42
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- 2016.04.16 23:42:24
- 2016.04.16 23:42:08
- 2016.04.16 23:39:25
゚.+° ゚+.゚ *+:。.。 。.


 ジイコブに会てから、私の夜はひどく長くなた。

 例えば、彼の頬にはひどいやけどの痕がある。初めて出会たとき、彼の野性味のある浅黒い肌と、その上にある痛々しい引きつた桃色の腫れに目を奪われて、息を止めた。それは恐ろしい傷痕だたのに、何故か目が逸らせないどころか、私はそれに触れたいような衝動に駆られてどうしようもなくなたのだた。公衆の面前で他人の肌に触れるなど、そんなのはマナーに反するときつく教えられていた私は、胸の前でぎと両手を握りしめてそれをこらえた。
 その代わり、唇から零れる言葉は自制が聞かなかた。頭で何を考えるより先に、単純に湧いた疑問を目の前の人にぶつけた。
「その傷――治せないんですか?」
 金星にある私の知る医療で、消せない傷ではないと思た。だから抱いた単純な疑問のはずだた。その時の彼の、引き締また唇と、軽く一瞬だけ持ち上げられた両眉と、かすかな視線の揺らぎは、私の目に強烈に焼き付いた。それから彼は、私の質問には答えなかた。
「あなたはこの星に愛されて育たんですね」
 
 私は受精・受胎から生まれて来るまですべての過程を金星で経た、人類で初めての子どもだた。周囲には年の離れた大人しかいない環境で育た。すべての人に愛されて育た。同世代の地球人に出会たのはジイコブが初めてだた。
 彼が降り立た数日後、金星に夜の季節が訪れた。コロニーのドームから一歩出ると、空は完全な闇になる。ドームの中では、地球を模した周期で人工的な朝と夜が訪れる。58回ほどそれが繰り返されるとき、ようやと、ドームの外では、金星の昼の季節がやてくる。
 地球からやてきた私以外のすべての人が、隣の惑星との間の時差に苦しんだ経験を有していた。金星の昼と夜しか知らない私は、ガラス越しに星の闇を見つめて、昼の季節に見た、初めて出会たジイコブの、言葉と、仕草について、ずと考えた。
 その結論に至るまでに、ドームの中で15回の昼と夜が訪れた。
「ねえ、ジイコブ、私、あなたを傷つけたのかしら?」
 大人に隠れてこそりと訪れた彼のフラトで、それを聞いたとき、彼は目を丸くして、それから噴き出した。
「君、この15日間、ずとそれを考えていたの?」
「15日じないわ。まだ一度も夜は明けていないのよ」
「そうかな。だいぶ長い時間が経たような気がするよ。時差ボケもすかり治たしね」

 地球に生まれて20年過ごしたヒトの、星の中途半端な周期に合わせられてできた不確かなサーカデアンリズムは、本人が金星に適応したと思い込んでいても、私から見ればそうではなかた。私とジイコブの間には常に時差があた。
 彼は聡明で、優しい青年だた。私が彼のフラトに遊びに行くと、色んな話をしてくれた。地球の思い出。彼がそこでしてきた研究成果。ここでの仕事。私は母が研究のために農園で作ている野菜や、父の所有する天文台で見つけた流れ星の話をした。彼と一緒にいるのが、私にとて、これまでの人生で最も幸福な時だた。彼と一緒にいないときは、窓から金星の夜を眺めて、彼と一緒にいたときのことを反芻した。私は彼が言うように、すべての人に愛されて育てきた。誰かの気持ちを推しはかることをしてこなかた。ドームの昼に見て聞いた彼の声や仕草の一つ一つを反芻して、彼の気持ちを考えた。もしかしたら彼の気持ちが私に向いていないかもしれないと思うと、胸が押しつぶされる気分だた。

「青空が恋しくなるね」
 とある日彼は言た。
「ドームの昼じなくてさ。金星の、本当の、青空が恋しくなるね。ここに降り立た日に見た、あの、濃くて深い青色は、本当に綺麗だた」
 私と彼の間には、季節感の違いがある。私は彼のように、決またときになれば必ず来るものに恋い焦がれたりなどしたことがない。はじめ、その言葉の意味がわからず、金星の闇を見つめながら何度も何度も一人で反芻した。そうするうちに、胸が苦しくなて、彼に会いたくなる。彼に会いたい気持ちと、彼のことを思いながら闇を見つめる気持ちと、彼が焦がれる金星の昼を思う気持ちが無秩序に交わり合て、私の胸は苦しいぐらいになる。

 彼に出会たせいで、私の夜は長くなた。
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