第33回 てきすとぽい杯
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ヤモリ・オブ・ザ・デッド
投稿時刻 : 2016.06.18 23:41 最終更新 : 2016.06.18 23:42
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- 2016/06/18 23:42:31
- 2016/06/18 23:41:42
ヤモリ・オブ・ザ・デッド
゚.+° ゚+.゚ *+:。.。 。.


プロロー

 男は、死に絶えるところであた。
 全身が痺れ、目の前の、見慣れた自宅の汚れた床がかすんでゆく。
 どうしてこうなたのだろう。
 一度留置所に入れられたことがあるという以外、何もない地味な人生であた。
 地方の農家の長男として生まれ、祖母に教えられた「晴耕雨読」を座右の銘として、畑の手伝いと勉学、どちらも怠らずに堅実に努力を重ねた。私立の幼稚園、地元の公立小中学校、県で一番の進学高校をそこそこに優秀な成績で卒業し、東京の工科大学に入学。修士課程1年目の夏、近所の公園でラジオ体操に来ていた小学生の女の子に声をかけた。物おじしない活発な少女で、アニメの話などをして何度か盛り上がた。そして気付いたときには取り調べを受けていた。
 「あんなに真面目そうな彼がそんなことをするはずがない」「就活や修論のことで悩んでいたのだろうか」
 気遣われる度に、呆然とするばかりだた男の怒りは次第に募た。
 彼が理不尽だと思たのは、ありもしない罪をでちあげられたことではない。出会う度に笑顔を向けていてくれたはずの少女が、自分のことを周囲の大人に「好意を抱いてはいなかた」「気味が悪かた」などと漏らしていることだた。
 執行猶予はついたが、修士号の取れぬまま退学し、あてもなくフリーター生活をする中、彼は運命的な出会いを果たした。
 梅雨入りしたばかりの月曜日、少しサイズの大きすぎる雨合羽を着て、土砂降りの中一人で歩く、下校途中の女子小学生。3年生ぐらいだろうか。凛とした表情で前を見つめる横顔に目が留まり、そして、心惹かれた。
 彼はその日のバイトをサボて家に引き返した。趣味で集めた化学実験器具や薬品は部屋に沢山あた。そして、不幸にも学位に結びつかなかた膨大な知識も。
 それは、世の中に対する復讐であた。
 ただ行きずりで言葉を交わしただけのはずの小さな女に陥れられ、社会からつまはじきにされた男が、今度こそ目を付けた女の心を自分一人の力で奪うのだ。化学合成の計画は完璧なはずだた。理論上、完璧な惚れ薬が調合でき、これを飲ませれば、あの少女を――
 しかし、何を間違えてしまたのだろう。
 部屋には焦げ臭いにおいが充満していた。息ができず苦しい。このままでは、このままでは終われない、ともがくが、もはや全身の感覚も失われていた。
 意識が途絶える直前、焼け焦げた網戸から、ヤモリが数匹、ぼとぼとと落ちていくのが見えた。


第一章 さだこ

 佐伯小台子は、家で冷えていたクリアアサヒの缶のプルタブに指をかけた。ぷしという音がして、泡が小さな穴からあふれ出す。慌ててそこに口をつける。心は決してうきうきわくわくではない。どたどた、という音がアパートの上の階から響いてきて、思わず舌打ちした。また警察が来ているのだろうか。
 先週、前々からオタクくさくてキモいと思ていた上の階の住人が、部屋の中で化学実験をしていたとかで、爆発事故を起こした挙句死んでしまた。それから捜査だの清掃だので人が絶えず出入りしていて、落ち着かない。
 部屋が蒸し暑い気がして、窓を開けることにした。小雨だから、中にまで雨は入てこないだろう。窓を開けたら、網戸がくついてきて一緒に開いてしまた。その瞬間、何かひんやりしたものが腕の上に落ちてきた。
「き!!!!!」
 それが何なのかを確かめる前に、思わず悲鳴を上げる。腕を振り回した。ぼとん、という音がして、腕に張り付いていたものが床に落ちる。慌ててそこから離れてよくよく見ると、それはトカゲのようだた。茶色い胴体に、しぽと、ぽてとした手足。ただのヤモリならかわいいと思たかもしれないが、それは異様にでかかた。胴体だけで、小台子の腕一本分はある。ぎろりとした目が、小台子を見つめた。思わず唾をのむ。
「シ!」
 と、トカゲは言た。ような気がした。大きく口を開け、真赤な舌を伸ばし、こちを威嚇したような気がする。気がしたので、小台子は再び悲鳴を上げ、玄関まで走た。なんなのだ、あれは。どうしてこんな住宅街の一室に、巨大なトカゲが現れたのだろうか。小さければ、ヤモリかと思うような見た目だたが、大きさも挙動もヤモリではありえない。その時、再び頭上からどんどん、という音がして、先週男が死んだ事件のことを思い出した。そうだ、化学実験をしていたので清掃にも時間がかかるなどと大家さんが言ていた、もしかしたら、その化学実験とやらのせいで、男の部屋に住んでいたヤモリが特別変異をしたのではないか? もしかして、ヤモリがゾンビになたのでは? 数日前に深夜のテレビで放送されていたホラー映画のワンシーンが脳裏をよぎり、小台子は震え上がた。
「いやー! 誰か助けてー!」
「どうしました?!」
 玄関から飛び出すと同時に、見知らぬ男が飛んできた。
「部屋に、部屋に、トカゲのお化けが!」
「トカゲ? 落ち着いてください、僕、先週から隣に引越してきた山田です」
「助けてください!」
 思わず差し出された手を取てから、山田と名乗た男の顔を見て、小台子は息を呑んだ。
(い、イケメン……!)
「トカゲが出たんですね、大丈夫ですか? 僕で良ければ、駆除しますけど」
「あ、あの、すみません、ありがとうございます、お願いします……
 小台子は急激に恥ずかしくなたが、トカゲはまだ怖かたので、山田と名乗た男を家にあげ、見てもらうことにした。

第二章 鈴木

「またく、女てのは、ばかだねえ」
 物言わぬ躯となた小台子を見下ろし、男は舌なめずりをした。
 ゾンビはウルスでなるものだし、たとえヤモリが化学物質で変異して巨大化することがあたとしても、一週間でそんなことになるわけがないだろう。
 小台子の隣の部屋からは、微かに、雨蛙やネズミの鳴き声が聞こえて来る。
 飼い主の姿を見つけたトカゲが、小台子の死体をまたぎ男の足元にすり寄て来た。
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