我ながらホレボレする文体を自慢する大賞
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発言嫌悪
投稿時刻 : 2013.05.02 23:59
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発言嫌悪
司令@一字でも前へ


「俺は、言葉を紡ぐのが嫌いなんだ」
 狭い文芸部室で彼女と二人、向かい合た机で作文を続けている中、ふと、そんな言葉が口をついた。
「おやおや、これは奇妙なことを言うね、君は」
 彼女は机に頬杖をついたまま笑う。だが、俺は笑えなかた。
 胸にこびりついて離れない、確信と諦念。
 言葉は想いを錆させる。
 例え新鮮な矛盾だろうと、どれほど混濁した泥沼でも、信念の高潔如何に関わらず、複雑怪奇な葛藤は無論のこと、支離滅裂な煩悶さえも、純粋無垢な恋慕であても、言葉にした途端陳腐になる。
 取り零しなく 欠片も残さず、端から端まで皆総て、ありふれた、何処かで聞いた、手垢がベタリ付着した、換骨奪胎、温故知新なんて、そんな、おこがましいことは到底言えもしないような、箸にも、棒にも、蜘蛛の巣にだて引掛からない、ただのガラクタに成り下がる。
 それでも言葉にしなき伝わらない。
 だからといて、言葉にしても何かが伝わるとは限らないけれど。
 嘆息の代わりに漏れるのは、劣化を最低限に抑えた省略形。
「だてさ、言わなき人はわからんだろう? その上、言ても人はわからんだろう?」
 俺は打鍵をやめ、パソコンの画面から目を離す。背を反らせて天井を仰ぐと、椅子の背凭れがギと鳴いた。
「君が言葉を紡ぐ時、最短でも数十年後にやと理解されることを前提としたまえ。最悪、永遠に理解されない事も自覚したまえ。他人というのはそれほどまでに、無知で愚かな存在だ」
 すらすらと詩歌を諳んじるように、彼女は饒舌を回した。
 思想が腐るならその前に消費しきてしまえと言わんばかりに、言葉を尽くす。
「君よ、君が言葉遊びに興じて孤独と絶望の沼に沈むのは、愚かであても不自然なことではない。それは赤児が、手にした毛糸の玉と戯れるように、目の前の子猫とじれあうように、不愉快なほどに避けられない遺伝子の片隅に刷り込まれた進化を求める自己建設的で知的な享楽なのさ」
 そうかね。俺は進んでいるのだろうか。いたずらに悩んで、足踏みをしているだけじなかろうか。
 そんな不安も言葉にすれば現実化してしまいそうで、俺は顔をしかめるだけだた。
 彼女は俺の表情を見ずとも察したのか、続ける。
「なに大丈夫さ。気にせずにやりたいようにやればいい。君にとて都合のいい事だけ言い続けたまえ。それはきと世間一般に正しいとされる事を言い続けるよりも君の糧になる」
 ……ああ、そうかもしれない。世間の正しさなんてすぐに移ろう。真偽のわからんものを口にするよりは、真でも偽でも、よくわかたものを口にしたほうがいい。
 俺は反動をつけて背を逆向きに反らし、再び打鍵を始める。
 向かいの彼女は原稿用紙にペンを走らせながら、柔和に微笑んだ。
「君は錆きた歯車だ。不器用ながらも自分を含め、実の多くの人間を踊らす。我が身を削り、軋みをあげて時に赤い粉を振り撒き、擦りつけながら、君はグルグル、もうとくに止まていいはずの精神と身体で立ち回る。脆く煤けて汚ならしい、だがそれゆえに強靭さが際立つ。君はきと生まれながら、理不尽に強い。私は是非とも、その強さが欲しい」
「別に俺は強くはないさ。ひどくひどくちぽけで、弱虫で脆弱な臆病者さ」
「弱さを認められるてことは、すなわち強いてことだろう?」
「言葉遊びだな」
「そうさ、君の大好きな、ね」
 ……お前のほうが好きだけどな。
 そんな言葉も、誤解と色褪せを恐れて飲み込んだ。
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