【BNSK】2016年7月品評会 
〔 作品1 〕» 2  7 
ななしのラムネ様 ID:Uf2E1B1ho氏
(仮)
投稿時刻 : 2016.07.01 02:48
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ななしのラムネ様 ID:Uf2E1B1ho氏
(仮)


 コンクリートジングルを旅立ち数時間。真赤なローカル電車を降り立た私に真先におかえりを告げたのは、耳が痛くなるほどの蝉の大合唱だた。 
 東京へ移り住み早十余年。その中でもこうして帰省をした回数が両の手の指で十分にまかなえてしまうのは、さすがに親不孝者の証か。帰るたびに強いノスタルジが襲うものの、やはりここは私にとて不便さの象徴でしかなかた。 
 私にとてもう、帰るべき家といえば、妻と子の待つマンシンの五階のあの部屋だけなのだ。 
 そんな私をこうして帰郷へ導いたのは、先日届いたふるさとからの便り。六年間通た小学校が取り壊されるから久しぶりに集まらないかという、旧友からの報せであた。 
 学校と言てもしせんは田舎の小さな学び舎である。一学年に生徒は十人もおらず、それが六年間も続くのだから、クラスメイトは皆仲の良い友達のようなものだ。その面々に久しぶりに会えるかもしれないという淡い期待の方が、実のところ母校がなくなることより私を故郷へ向かわせた要因としては大きかた。
 仕事の休みは三日しか取れなかた。そもそも長居するつもりもなかたし、到着した日は実家でくつろぎ、翌日に母校での同窓会。その日のうちに「家」へと帰り、三日目は家族サービスでもしよう。そんな算段であた。 
「おお、懐かしい顔が揃たな」 
 子供のころは果てしなく広く感じた、今となては手狭ささえ覚えるグラウンド。集合場所であるそこに最後に現れたのは、今回の同窓会を企画した張本人であた。 
「遅いぞー、学級委員長」 
「あれ、あんたちと太た?」 
「うるせーばか、気にしてるんだよこちは」 
「変わんないね、みんな」 
 懐かしさが会話を進める。誰かが言た「変わらない」という言葉は、ある意味ではその通りで、だけど正しくはない。 
 みんな大人になたのだ。会話の端々に垣間見える彼らの生活が、それを如実に物語ていた。その場だけを刹那的に楽しめた少年期とは、もう決定的に違うのだ。 
 と。感慨にふけていた私のシツの裾を、くいくいと引張る手。 
「久しぶり」 
 に、といたずらぽい笑みが、私の顔を低い位置からのぞき込んでいた。
「ああ、久しぶり」 
 幾つになても黒髪の似合う女だな。真先に思い浮かんだのは、そんな感想だた。 
「あら、そけないお返事。会えて嬉しくないの?」 
「いや、そんなことないさ。だけどお互いもうわいわい騒ぎ立てる歳でもないだろ?」 
……なーんか、つまんなくなた? きみ」 
「大人になたからな」 
「そういうものかね?」 
「そういうものさ」 
 そういうものなんだ。大人になるていうのは。 
「ほら、他の連中、中に入たぞ」 
「おと、いけないいけない。行こ行こ」 
 ぱたぱたと駆ける後姿は。 
 なぜだろう、遠い昔のあの頃の後姿に、ぴたりと重なた。
「うわ、いい眺めだな」 
 校舎を一通り巡り、懐かしさを高めた私たちが最後にたどり着いたのは、高い建物のないこの町を一望できる屋上であた。一望と言てもそもそも校舎自体が二階建てであるため、見渡せる先もたかが知れているのだが。
 しかし、それでもクラスメイトの言う通り。緑が広がるこの風景は、マンシンの屋上から見える灰色の景色に比べればよぽど良い眺めであた。 
「あ、ほら。ここからでもあの神社見えるんだね」 
 そう声をかけてきたのは、黒髪の似合う彼女。指さす方向を見やると、確かに彼女の言うものが視界に映た。
 懐かしさと同時に、少しだけ甘酸ぱさとほろ苦さが、胸の中に湧く。 
「ななしのラムネ様」 
 私の心の内を読んだかのように。 
 彼女は、その言葉を口にした。 
「覚えてる? 私が教えたななしのラムネ様のうわさ」 
…………ああ」 
 答えが遅れたのは、それが決していい思い出とは言い切れなかたから。
 「私」がまだ「俺」だたころ。 
 家が近くでよく登下校を共にしていた黒髪の似合う彼女は、ある日の帰り道にこんな話をしてくれた。  
「ね。ね。知てる? ななしのラムネ様のうわさ」 
 日差しが強い夏の日だた。少ない小遣いでも買えるラムネを握りしめていた俺は、自分の手の中のそれと彼女の顔とを二、三度見比べ、首を横に振た。 
「なに? その……ナントカサマて」 
「ななしのラムネ様、だよ」 
 くすくすと無邪気に笑う彼女。一方の俺は、揺れる長い黒髪がきれいだな、なんて場違いなことばかり思ていた。
「あのね、私も聞いた話なんだけど――」 
 彼女の言うところによると。通学路の途中にある小さな神社。今は使われていないそこの賽銭箱の奥、人目につかないその陰に、中身を半分だけ飲み好きな子の名前を書いたラムネ瓶を置いておくと不思議なことが起こる、というものだた。 
「不思議なことて?」 
 年頃の少年であた俺からして見れば、それこそが話の肝である。話の中に「好きな子」というワードが出てきた段階でおおよその見当はついていたのだが、それでも俺は興奮を隠しきれずに先を急かした。 
 そんな様子がおかしかたのか。やはりくすくすと笑いながらも、彼女は続けた。 
「次の日。もしもその瓶が空ぽになて、名前も消えてたら。その相手と両想いになれるんだ――
 「俺」は年頃の少年であた。ならばこそ、色恋沙汰に関心を持ていたのも道理というものだ。
 「そうなんだ」なんて興味のないふりをしながら、内心ではすぐにでも試してみたくてしかたなかた。というのも、そこに書きたい名前のアテがあたからこそ、なのだが。 
 善は急げを体現するがごとく、その翌日にはすぐさま実行に至た。彼女にはいつものように一緒に帰ろうと誘われたが、用事があるからと断りを入れて俺は放課後になるや否やすぐさま教室を飛び出した。行きつけの駄菓子屋でラムネを買い、急いでその半分を飲み干し、マジク片手に神社へと向かた。 
 うら寂れた神社に人気はなく、むしろ最近誰かが足を踏み入れた様子もなかた。これならラムネ瓶が心無い誰かにイタズラされることもないだろうと安堵する。 
 神の存在なんて信じたこともなかたが、その瞬間だけは、前日に知たばかりの胡散臭い神様に祈りを捧げた。
 興奮冷めやらぬまま神社を後にし、翌日。休日の朝一番はまだ気温も上がらず涼しさを感じさせた。そんな中息を切せながら神社へと急ぐ俺。 
 はやる鼓動は、全力疾走をしたせいだけでは、もちろんなくて。 
 目的地へとたどり着き、賽銭箱の裏をおそるおそるのぞき込んだ俺は。 
 果たして、ななしとなたラムネ瓶を見つけた。
「わ、いい風」 
 私の視界の中で、彼女の黒髪が揺れる。 
 あの日から。ななしのラムネを見つけたあの日から、「俺」が意中の相手と両想いになれたのかは、わからない。
 わかるのは、結局その相手とはなんら進展することもなく、小学校も中学校も高校も卒業し、「俺」は東京の大学へ進学。相手はふるさとに残り、しばらくして地元の何某さんと結婚したということだけ。 
 それが、甘酸ぱくて、ほろ苦い感情の、正体。 
 子供のうわさなんてその程度のものだと、「私」は潔く切り捨てた。 
 今となてはそれも過去の思い出だ。むしろ過去がそうであたからこそ今の妻と結ばれることとなたのだと考えれば、何も間違ていない道筋だと言える。 
 そうだ。 
 何も、間違てなんていない。 
 相手に気持ちを伝えられなかたのだ――間違て、いなかたのだ。 
「ね。ね。知てる?」 
 懐かしい問いかけが、私の意識を今へと引き戻す。 
「なにを?」 
 私はもう俺ではない。関心のないふりだてお手の物だ。 
 だけど。 

「ななしのラムネ様てね――ぜーんぶ、私の作り話だたんだよ」 

 その言葉の意味は、すぐには理解できなかた。
「え?」 
 聞き返す私を、面白そうに見つめる彼女。 
 蝉の声が、クラスメイト達の声が、風の音が、遠くなる。 
 言葉を何度か咀嚼して。 
 悟た。 
 彼女の言葉の意味を。 
 ななしのラムネ様の、本当の意味を。 
  
 黒髪の似合う彼女の名前が書かれた、ラムネ瓶の行方を。 

 私は、俺は、いまさらになて、悟た。

――そう、なんだ」 

 それでも、平気な顔を保てたのは。 

「うん。そうなんだ」 

 彼女も、平気な顔でそう答えたのは。 


 きと、俺たちが――大人になたから、なんだろう。
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