【BNSK】2016年7月品評会 
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夏休み、暇だから
(仮)
投稿時刻 : 2016.07.03 23:59
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夏休み、暇だから
(仮)


 ミステリー作家が実際に殺人事件に遭遇したことを小説にしたわけじないように、SF作家も本当に宇宙に行た体験を小説にしたわけでは決してないのだろう。
 だから私にも小説というものが書けるような、そんな気がした。
 異世界に行たことはないけれど、異世界に転生され、冴えない現実ではできないような冒険に胸を躍らされるような、そんな小説が。
 友達も恋人もいないけれど、青春のままならない感情や人間関係にやきもきさせられるような、そんな小説が。
 きかけは、夏休みであまりにも暇だたからだ。暇だたが故に夏休みの宿題は七月中に全て終わらせてしまた。早々に宿題を片付けてしまた後は、ネトで無料で読めるWeb小説をぼんやりと読み耽ていた。それらを読んでいるうちにふと思い立たのだ。
 私にも小説が書けるんじないか、という思いが。
 今日は八月一日。部屋の中でじんわりと汗を滲ませる私と、ネトに繋げることくらいしか役に立てないノートパソコンを扇風機がぶおんと風を巻き起こして涼ませてくれようと必死に首を振ている。やぱり暇だ。
 夏休みが終わるまで、今日を含めて残り三十一日。この暇な時間になにか一つやり遂げるにはちうど良いくらいではないだろうか。
 小説を書いてどうしようとは、まだ決めていないけれど。残りの期間でとりあえず小説を書いてみよう。そう思た。

 ネトに繋げるだけが存在意義だたようなノートパソコンにも、一応文書作成ソフトは入ていた。Microsoft Officeのwordでそれは学校の授業でも何度か使用したことのあるものだた。
 Wordを起動して、真白なページに私は向き合た。さて、何を書こうかと白一色の画面をぼんやり眺める。目がチカチカするだけで、特に何も思い浮かばなかた。気まぐれに『あああ』と打ち込んで、すぐにバクスペースで消す。あああ、削除。あああ、削除。何も思い浮かばない。
 そりそうだ。特にどういう小説を書こうと決めていたわけではなかたのだ。小説を書いてみようという漠然とした意思があただけで、具体的にどういうものを書こうなんて、またく決めていなかた。
 遠く油蝉のジジジという鳴き声と、扇風機の回る音、ボロのノートパソコンは悲鳴をあげるようにフンを唸らせている。じとりと汗が浮かぶが、やぱり何も思い浮かばなかた。
 こういうとき、本物の作家はどうしてるんだろう。小説を書くアイデアはどこから生まれてくるんだろう。
 何かを探すように私は窓の外を眺める。近くのアパートの駐車場で小さな子供たちがボールを追いかけていた。灰色のコンクリートの道と無彩色の家々が建ち並ぶつまらない住宅街。まるで私の夏休みみたいだ。
 そうしてぼんやりと窓の外を見るともなしに眺めていると、お腹がぐと鳴た。そうだ、お昼ごはんを買うついでに何かを探しに行こう。小説のネタになるようななにかを。流石にコンビニでは小説のネタは売てないだろうが。プロの作家も小説のネタを探しに旅行とか、取材とかするんじなかただろうか。漠然と目的もなく探し回たりはしないだろうが。まさか道端にでも落ちてるわけでもあるまいし。

 私は近所のコンビニを避けて、隣町の住宅街を自転車で走り回ていた。
 通学路でいつも通るけど、詳しくは知らないようなそんな曖昧な場所。迷てもいつもの道に戻れば、なんとか引き返せるようなそんな場所。途中コンビニで飲み物を買てペトボトル片手に自転車をのんびり漕いでいた。
 ぼんやり目的もなく自転車を走らせながら、あたりをキロキロと失くしていない落し物を探すように見て回た。ここら辺も、私の住んでいる町内と似たような変わり映えのない住宅街だ。人通りも少なく、夏の近いような太陽と、蝉の鳴き声だけがただ私を追て着いてきているようだた。
 数十分も走ていると流石に暑さで頭をがふらふらとしてきたので、私は途中で見つけた公園の日陰になているベンチで休むことにした。
 ペトボトルを傾けて一気に飲み干してふーと一息ついた。またコンビニを探して飲み物を買わないと。流石に脱水症状でぶ倒れてしまう。
 ふと気がつくと、同じように日陰で一匹の猫がだれていた。
 この猛暑にはさすがの野良猫も参ているようだた。人間の私が近くいるというのに地面に伏せて動く様子がまたくない。恨めしそうにこちらをじと睨みつけている。可愛いなあ。
 そうだ、猫を題材にした小説はどうだろうか。猫が主人公の、うー……我輩は猫である……うーん。
 ダメだ。暑くて、頭が働かない。さきのコンビニに戻てもう何本か飲み物を買いに行こう。
 再び自転車に跨て、私は来た道を引き返すことにした。あれこちだけと少し迷いながらコンビニまで戻る道すがら、私は先ほどはたいして気にも留めなかたことにふと気がついた。ここら辺はなんとなく猫が多いような気がする。そう思ている間にもひこひこ歩いてる一匹の猫とすれ違た。
 コンビニで飲み物を二本買て、もう一度先ほどの公園に引き返した。さき、地面に伏せていた猫はまだ居て、その隣にもう一匹の猫が同じように地面に伏せていた。初めに会た猫とよく似た少し小さい猫だ。親子かな。それにしてもやぱり猫が多いかもしれない。ここら辺に猫の溜り場でもあるのかな。
 気まぐれに飲んでいたミネラルウターのペトボトルを地面に向けて傾けて溢してみせた。びくりと身体を起こした猫は目を大きく見開いて私を見つめた後、お互いに顔を見合わせてからひこひことコンクリの地面を流れる水に寄てきてぺろと舌を這わせてみせた。可愛い。いたずら心が芽生えた私は今度は猫めがけてペトボトルの中の水をひいと放てみせる。
 顔の近くで跳ねた水に驚いた二匹の猫は、びうと鳴いて俊敏に跳び退た。そしてまた地面に這う水に近寄てくると今度は身体を擦りつけるように転がりはじめた。なんだろうこいつら。可愛い。
 そうやて暫くの間、私は顔を綻ばせて猫の様子を眺めていた。小説のネタを探しにきたはずだたがすかり猫観察になてしまている。まあ、目的もなく彷徨ていただけだし、こんなものだろう。
 二匹の猫は水で冷えた地面に寝転がては、先ほどから辺りを飛び回ていたハエを鬱陶しそうにちな手で追い払ている。私の周りでもハエがぶんぶんと飛び回ている。ああ、夏は虫が多くていやになる。
 気がつくと時刻は三時を回ていた。いい加減暑くて疲れたし、お腹も空いた。そろそろ家に帰て横になりたい。もうとても小説を書く気分じなかた。
 二匹の猫に別れを告げて、私は来た道を引き返すことにした。
 途中、猫の溜り場を見つけられないかなと、迷わない程度に寄り道をして自転車を走らせた。何匹かの猫とすれ違いながら、来たときとは違う道を走ていると、私は微かな異変に気づいて顔を顰めた。
 なんか、ここら辺臭い。最初はほんのわずかな違和感程度だたが、段々と匂いが強烈になてくる。自転車の進む先、何かが明らかに匂ていた。
 そして私は辿り着いた。においの発生源に。
 整然と家々が建ち並ぶ住宅街のその一画に、同じような顔をしてそれはあた。
 隠し切れない異様な匂いと、辺りを音を立てて飛び回る蝿と羽虫の群れ。
 庭先に幾重にも積まれたビニールのゴミ袋が散乱している。窓を覆い隠すように家具とゴミ袋、ダンボールなんかが室内の中に詰め込まれている。まるで家屋自体が大きな押入れのように。平屋建ての壁は黒く汚れていて、玄関から門まで道を作るようにそこだけゴミが少ない。
 異常だた。初めて見た。これがゴミ屋敷というやつなのか。
 私は思わず立ち止まてこのゴミ屋敷の全容を眺めていたが、とにかく匂いがきつく、あと数秒でも立ち止まていると吐いてしまいそうだた。
 私は息を止めて逃げるようにその場を去た。
 いくら走ても強烈の匂いと、見てはいけないもの見てしまたかのような漠然とした恐怖がずと私を追いかけてきているような、そんな気がした。
 
 翌日、私は昨日みつけた公園を再び訪れていた。
 足元では、グレーの毛に黒の縞を入れた猫が、私が買てきた缶のキトフードに口を突込んでいる。昨日の子たちとはまた別の野良猫だ。舐めるように缶の中の餌を食む灰色の猫ちんはものの数分で全てたいらげてしまた。最後に口の周りをペロリとひと舐めすると、お行儀よくお座りをしてまだないかと言わんばかりにじとこちらを見つめている。そのそのふてぶてしい様子が、なんとも可愛らしい。
 やぱり小説を書くなら猫が登場するものが書きたいな。主人公でもいいかもしれない。可愛いんだもん。
 昨日は結局、一文字も書くことができないまま終わてしまた。漠然と考えていた小説を書くということが、そう容易いものではないということを私は今更ながら思い知らされた。
 猫が食べ終わた缶をコンビニで買てきたときの袋に入れてそのまま公園に置かれていたゴミ箱に投げ捨てた。その様子を首で追ていた猫は、もう餌を与えてくれないと悟るとひこひこと歩き去てしまた。薄情なものである。
 公園のカゴ状のゴミ箱の前面には『みんなで守ろう! 美しい環境』というプレートが貼てあり、その周りをハエが集ていた。そんな光景を見ていると否が応にも昨日帰り際には目撃した、あのゴミ屋敷を思い出してしまう。
 自分でもどうかしてると思う。あんなものを気にしているなんて。ああいう家はたぶんあるところには、普通にあるものなのだ。だけど、昨日からずと、家に帰たあとも、パソコンに向かて何か書こうと考えているときも、お風呂に入ているときも、食事のときはなるべく考えないようにしていたが、ずとあのゴミ屋敷のことが頭から離れなかたのだ。
 なにかうまく言葉にできないモヤモヤとしたものが私の頭の中にあた。それが小説を書くアイデアやきかけになるものなのか、ただ単純に好奇心なのか、それはわからない。でも、と思う。やはりあのゴミ屋敷を調べないことには、いや遠めに観察するだけで良いから、とにかくそうしないことにはこのモヤモヤは解消されないだろう、という予感があた。
 だから、今日再びこの公園を訪れた本当の目的は野良猫と戯れることではなく、あのゴミ屋敷を調査するためであた。
 我ながらと思う。
 たぶん私はどうかしているのだろう。
 
 あのゴミ屋敷までの道のりは頭に焼きついていた。この暑い中マスクをして、メモ帳片手に私はゴミ屋敷近くの路地に息を潜めることにした。
 本当はもと近づいて観察してみたかたのだが、鼻をつく悪臭と屋敷の住人に気づかれたらという懸念から遠めに調査するだけに留めておくことにした。
 そうして私は五日ほどゴミ屋敷を遠めに観察し続けた。一日約一時間、気づいたことを手当たり次第にメモ帳に書き散らした。それ以上の調査は暑さと悪臭のためか自分の体調が許さなかた。
 ついでといてはあれだが、この五日にわたて公園の野良猫もしかり餌付けしておいた。なんだかんだいて本当の主目的はこちだたのかもしれない。
 そして六日目、私は足元をじれつく灰色猫ちんにこの五日間の調査報告をしていた。あのふてぶてしかた猫も今ではすかり私のおもちた。ふふふん。
 気づいたことは何点かあた。まずこの野良猫たちについてだ。
 私はこの野良猫たちはあのゴミ屋敷を拠点に活動、もしくはあの屋敷で飼われているのではと思ていたのだが、どうやら違たみたいだた。屋敷を中心に覆うあの強烈な腐臭は、さしもの猫たちでも嫌ているようだた。ときおり屋敷近くを通る猫はいても敷地に入てゴミを漁るような猫は見かけなかた。屋敷から出てくる猫もまた然りだ。一度犬を散歩している通行人を見かけたが、ゴミ屋敷の前でわんわん狂たように吠えていた。人間の何倍もの嗅覚を持つ犬や、猫たちがすすんであのゴミ屋敷に近づくことはないのかもしれなかた。
 周りの民家は、夏であるというのにどの家もしかりと戸が締め切られ、また私が調査した限りではあのゴミ屋敷に苦情を言いに行く人も見かけなかた。もしかしたら、もうずと何年もああいう状態で近隣住人は半ば諦めているのかもしれない。
 そして特筆すべき点は、ゴミ屋敷の住人を見かけなかたことだ。
 私が調査したのは一日一時間、時間はまちまちだたが、たたそれだけの短い時間だ。ただ単純に行き違ているだけ、タイミングの問題だたのかもしれないのだが。
 だけど、興味があた。住人に接触しようとは、怖くてとても思わないのだが、しかしああいう家にいたいどんな人が住んでいるのだろうという興味が私の中にあた。
 そして今日、ついに決定的な情報を入手することに私は成功した。聞いてますか? 猫ちん警部殿? 猫は私の足元でちこんとお座りして大きな欠伸をしていた。暇なのか、それとも餌をよこせというサインなのか。なんなのか。
 今日もいつものようにゴミ屋敷を遠めに観察しつつ路地に潜んでいると、買い物帰りと思われるおばさんが通りがかた。この通りは極端に人の往来が少ない。そりそうだろう、異常なゴミ屋敷を忌避しない人間なんていない。だからなのか、一体自分でも何をしているのだろうという疑問はあたが、思わず通りを出て「あ、あの……」とおばさんに声をかけていた。
「あの……あそこの家に住んでる人てどんな人なんですか?」
「なに? なんでそんなこと聞くの?」
 おばさんは、メモ帳片手にマスクをしている私を見て訝しむような視線をよこした。そりそうだ、こんな格好で変なこと聞く私は充分不審者だろう。ましてやゴミ屋敷を調査しているなんて。
「あのえ……私、最近この近くに引越してきて、それであの……迷惑じないですか、匂いとか、勉強とか集中できないし、そのそれでどうにかなんないのかな……
 私はしどろもどろになりながら、適当な理由をでちあげた。するとおばさんは、仲間を見つけたと言わんばかりにぺらぺらと話しだした。
「本当にねえ、みんな迷惑してるのよ! きたないおばあさんが住んでてねえ、ゴミ置き場とか色んなところから拾てくるのよお。それでねえ、息子だか親戚だかが、病院だか老人ホームだか知らないけど連れて行たんだて。それきりよ、それきり」
「それきり……?」
「それきりずと放置されてるのよ。周りの人も関わり合いになりたくないでしう? 他人の家のことだし。おばあさんもずいぶん前から見かけなくなたけどねえ。ほんと早くどうにかしてほしいわあ」
「じ、じあ今あの家にはだれも?」
「みたいねえ」

 以上です、猫警部殿。猫ちんはふわーともう一度大きく欠伸をすると、私に尻を向けて尻尾をふりふりしながらどこかに行てしまた。引き続き、調査を続行されたしということなのかもしれない。私の妄想だが。
 そう私はまた良からぬことを考えていた。
 だれもいない住人。放置されたゴミ屋敷。
 一度侵入してみるべきなのでは、という好奇心が私の中に湧き上がていた。そして同時に、いや止めておけなにを考えているんだと、警鐘を鳴らしている自分もいた。
 現在午後七時、あたりは薄闇に包まれてきている。そろそろ家に引き返す頃合だ。小説だてなにも書けていない。だというのに、私はこの真夏の最中、長袖長ズボンのジジにマスクをして小さめの懐中電灯、そしてゴム手袋すら所持していた。用意万全、行く気満々だた。
 自分でもどうかしていると思う。虫とゴミしかないぞきと。なのにどうして、こんなに気になてしうがないんだ。
 私は深呼吸をして決意するとゴミ屋敷に向かた。汗がとめどなく流れていた。

 いつもの路地に自転車を止めて、私は努めて平静を装てゴミ屋敷へと歩いていく。塀をよじ登て敷地に侵入するような真似はしない。普通にお家に帰るように正面から私はゴミ屋敷へと入ていた。
 たぶん大丈夫だろうという予感はあた。こんな場所に自分からすすんで入ていく人間に誰がなにを言うのだ。周りの住人たちは関わり合いになりたくないからとずと見て見ぬふりをしているようだし、警察がここを通るようなことも私の調査期間ではなかた。たぶん下手に巡回して近隣住人にあのゴミ屋敷どうにかしてよと、面倒ごとに巻き込まれるのを嫌ているのかもしれない。行政に連絡がいたとしても、一体だれがここのゴミの撤去にかかる費用を持つのだ。きとマスコミに取り上げられたりするような大事にならない限り、ずと放置され続けるのかもしれない。
 門のない正面から私はするりと敷地内に侵入を果たした。腐臭がぐと強また気がする。庭には長い間放置され続けたと思われるうす汚れたゴミ袋散乱している。その周り、そしてその中にも夥しいハエと白い蛆虫が蠢いている。ううううという悲鳴をマスクの中に封じ込め私は一歩また一歩と平屋建てのその扉の前へと近づいていく。
 塀でに囲まれて見えなかた敷地の中には朽ちた調度品や壊れた電化製品なんかも打ち棄てられている。中には比較的きれいな、いやなんというのだろう、その風化の具合に差があるように私には思えた。
 少し考えて、私はああと納得がいた。きと住人がいないのをいいことに、費用のかかる粗大ゴミなんかを不法投棄していく人がいるのかもしれない。その真偽は確かじないが、そう分からないから利用されているのだ。かつてここに住んでいた人間が拾い集めてきた物なのかどうか。そんなもの誰にもわからないし確かめようがない。そういうことなのだろう。
 私は建物の扉の前に立ち、吐き気を抑えるようにふーと長く息を吐き出した。
そして匂いを抑えるように、少しずつ浅く呼吸を繰り返した。ここまでくるだけで異常なほど汗が出てきていた。
 まさかとは思いながらも、私は確かめるように平屋建ての引き戸に手をかけた。ゆくりと右手を横にスライドさせていくカラという小さな音を立てて扉がわずかに開いた。
 なんで開いてるのおおおお? 心の中で叫びながら、だけどもうここまで来たら確かめずにはいられなかた。私はカラカラと軽い音を立てる扉をゆくりと開けた。
 室内に閉じ込められていた饐えた匂いが鼻をつく。うと飲み込みたくない生唾を飲んでなんとか吐き気を堪えた。
 玄関周りとそこからますぐ続く廊下は比較的ゴミが少ないように感じる。だが壁や床、至るところに信じられないほど大きな蛞蝓が糸を引いて這いずり回ていた。ああああという悲鳴を辛うじて飲み込んだ。
 一体どれくらいの間放置されているのだろう、もうここはとくに人間の住める領域ではなくなてしまたのだろう。
 帰ろう、うん、もう帰ろうもうダメだ。私死ぬかもしれない。汗と涙を流しながら私はそう思た。なのになぜ私は一歩、室内に足を踏み入れているのか。この先に一体なにがあるというのか。どうでもいいじないかそんなもの。なのに……
 好奇心は猫を殺すというが、私は殺されるのか。この家の中に猫を放り込み酷い目に合わせてやりたかた。半ば自暴自棄だた。廊下の先、左手に見えるあの部屋を覗いたら帰ろう。そう自分に言い聞かせて私は廊下をゆくり警戒しながら進んでいた。
 左手に持ていた懐中電灯を点けて、ゆくりと左に身体を向けた。光に照らせされた中の住人たちが警戒するように動きを止めた。床に真黒に腐た野菜のようなものが散乱している。その周りを蝿と黒くでかいゴキブリ集ている。ここは台所だたのかもしれない。より一層酷い腐臭と黒い虫たちが跋扈していた。動くなよ。こち来るなよと念じながら私はゆくりと正面に身体を向けた。想像していたからゴキブリは大丈夫だた。あんな大きなものは見たことがなかたけど。こち来るなよ、お願いこち来ないでください。お願いします。
 正面のガラス戸越しに居間と思われる部屋の中が見えた。蛞蝓を踏んでしまわないようゆくり気をつけてゴキブリが飛んできたりしないか天井や壁にも警戒しつつゆくりと廊下を進んでいく。
 ガラス越しに部屋の中を伺う。日が落ちて、陰に沈んだ調度や山積みされた衣類やゴミが散乱していて、懐中電灯の進む細い光の道を羽虫が行き交ている。そして部屋の中、ゴミに埋もれるようにして、たぶん本当に見てはいけないものが鎮座していた。
 私はゆくりと踵を返してゴミ屋敷を後にする。悲鳴はでなかた。とにかく一秒でも早くここから出ないといけないという恐怖が私の頭の中を占めていた。
 途中で蛞蝓を踏み潰したかもしれない、あるいはゴキブリも。途中でゴミ袋を蹴飛ばしたかもしれない。なにも気に留めることができなかた。
 ゴミ屋敷を出た私は、走て敷地を抜け出し、道端でおえおえと吐き出していた。早く逃げないと、誰かに見られたらという恐怖がずと私を追いかけてきていた。
 震える身体を起こして自転車に乗ると私は何も考えられない頭のまま無我夢中で家を目指した。
 
  魔女狩りにあた女の子は深い深い森を抜けてそこに辿り着きました。
  周辺の村々や城のある町、色々なところから運ばれてくるゴミ捨て場。
  そこを訪れる人は少女が逃げ込んでから太陽が三回昇て一度の周期。
  大男が一人荷車を引いてやてくるだけだたので少女にとては安全でした。
  少女は夜は打ち棄てられてボロボロになたベトで眠り、昼は食べられる物を探して歩き回りました。
  そうしてたた一人で生きていく術を身につけていきました。
  そんな生活に慣れてくると少女はだんだんと寂しさを覚えるようになりました。
  磔にされた母親の最後の姿を思い出しては少女は毎晩一人涙を流していました。
  ここにはなんでもあるけどなんにもないゴミ捨て場。少女以外に生きているものはありませんでした。
  あるとき少女は猫の死体をみつけました。
  自分は魔女の血を引く娘。自分にも魔法が使えるかもしれないと少女は考えました。

 さて、このあと猫を蘇らせてどうしようかな。
 ようやく書きはじめた小説らしきもの。なんとなく思いつくままに書いてみたけど、こんな感じでいいのだろうか。
 あのあと私は三日間寝込んでいた。ずと夢にも見てうなされていた。
 あのゴミ屋敷で見たものは確かに白骨死体だた。
 どういうことなのだろう。あれは屋敷に住んでいたというおばあさんの死体なのだろうか。
 考えだすとそれに付随して色々な気持ち悪いものも思い出して、小説を書くどころではなくなる。
 ああ、そういえばあの公園の灰色猫警部殿は元気にしているかな。しばらく会てないけど、ちんとご飯は食べているんだろうか。
 もう一度調査に行てみるべきなのか。いや、絶対止めておけと、頭の中で警鐘を鳴らしている自分もいる。
 なのに……そう、猫に会いに行くだけなのだ。だから。
 私はそう自分に言い聞かせながら、家を後にした。
 そう、猫と遊ぶだけ。それだけだから。
 ようやく書きはじめた小説は、まだタイトルすら決めていない。
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