初! 作者名非公開イベント2016秋
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ミライミイラ
大沢愛
投稿時刻 : 2016.07.27 21:54
字数 : 1500
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ミライミイラ
大沢愛


 乾式人体保存が実用化されて十年になる。
 SFの世界の人工冬眠や人体冷凍保存(クライオニクス)が冷凍時、解凍時の細胞破壊を克服できなかたのに対して、乾式はその名の通り水分を除去して乾燥状態で保存する技術だ。細胞へのダメージをほほゼロに抑えた点は革命的とも言える。ただし一般的になたかと言えばそうでもない。いわゆる人工冬眠が「問題の先送り」でしかないことに人々は遅ればせながら気づいてしまた。何十年後かに目覚めた人間をいたい誰が面倒を見るのか。冬眠開始時にはかけがえのなかた命も、解凍時には単なる時代遅れの厄介者でしかない。モラルでは現実は救えなかた。死の恐怖に駆られても、存在意義を否定される未来には賭けられない。ほとんどの人間にとて現実的な選択肢とはならなかた。
 たた一つ例外がある。稀少例としてモルモト的な価値のある患者。単なる難病ではまだ弱い。少なすぎて難病指定にもならない疾患の持ち主は、むしろ政府の側から打診がある。
 そして、私に声がかかた。慢性活動性EBウルス感染症。症例が少ない上、患者が東洋人に限定されているため、西洋の医学界からは完全に無視されている。
 悪性リンパ腫を発症してほぼ末期状態だた私はオフを受けた。間断なく襲いかかる苦痛にぼんやりとした頭は、完治を思う暇もなく早く眠りたい一心で頷いた。高校に入たところで異変に気づき、あという間に進行してしまた。十七歳だけれど、友だちもいないし恋人だてい(たことも)ない。急激に衰える身体が重くのしかかてきて、呼吸すらままならない。
 乾式人体保存、通称・ミライミイラの三番目の被験者。十七歳女子。名前ももう憶えていない。

 ミライミイラの準備が始また。私は何もできず仰臥していただけだ。服を脱がされて、身体のあちこちを調べられ、脱毛された。隠す体力もなく、陰部や口腔内を探られるに任せていた。赤の他人に触れられるのは初めてだた。恥じらいや期待、高まりに彩られることなく、私の初めてが機械的に進行していく。
 気がつくと涙が流れていた。
 スタフが騒然とする。そんな余分な水分が残ているはずがない、と誰かが怒鳴る。
「やぱり恥ずかしいんですよ。こんなにされるのは」
 若い男の声だた。優しさは正しいと信じていて、それがかえて傷つけることもあるなんて考えてもみない、無神経な男の子。
「隠してあげるべきですよ」
 初めて筋肉にほんのすこし力が宿た。殴り倒してやりたい、もちろん、そこまでは及ばない。しだいに睡魔に襲われてくる。苦痛に目をつぶる眠りのはずが、私は心の中でこう唱えていた。
「一発殴らせろ!」
 目覚めたときには男の子は老人か、もしかするとこの世にいないかもしれない。それでも、この台の上で味わた怒りは衰えきた私の中に灯り続けていた。

 薄目の間から無影灯が見えた。目を閉じる。なにかに憑かれていた気がするけれど、思い出せない。苦痛は嘘のように消えていた。劇的でしたね、新型免疫抑制剤、と誰かが言た。
「そろそろなにか掛けてあげましう」
 その瞬間、思い出した。身体に力を入れる。ふるふると震える。両肩に手が添えられ、ゆくりと起こされる。薄目を開ける。大学生くらいの青年の顔だた。次の瞬間、私のこぶしは鼻先に命中していた。

 後で聞くと私の眠ていたのは二年間だたそうだ。新薬が開発され、投与され、完治を確認の上、起こされたらしい。
「あの時のパンチは嬉しかた」
 私の夫は時々言う。
 私ははにかんでみせる。
 あの時は蝿の止またくらいの威力しかなかたはずだ。
 でも今の私なら、浮気したあなたの鼻くらい一撃で潰せるからね。
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