扉互秘関
こんにちは、トイレです。
都内の公園に建てられた小さな一角。そこに私はいます。別段高性能なわけでは無いので時々お客さんに怒られますが、私がどうこうできるわけでは無いので既装のウ
ォシュレットで満足してもらっています。あ、でも一応『音姫』なるものは導入されているみたいですが、残念なことにここ、男子トイレなんです。設計者さん……
公園から近距離に高等学校があるので学生さんがよく来られたり、仕事帰りの酔った社員さんがお吐きになることも多々。だけれど、みんな共通して私の事を丁寧に扱ってくれます。
あ、学生さんですねー。携帯を握りしめて、徐に座りました!随分と青い顔で、汗もかいています。メールで必死に何かを書いているようですから、見てみましょう。
『さら、もう怒らないで。俺が悪かったから』
『何言ってるの悪いの健二じゃん、そんなの知らないし』
『しょうがない事だったじゃんか』
『知らない。もう別れる』
大きなため息……彼女さんでしょうか……私たちトイレはこういう光景もよく目にします。相手が彼女上司誰彼かまわずに、人は人に見せたくないことは大抵トイレでするようです。学生さんは粘ることをやめ、退席していきました。
次は会社員さんですね……この手の方は匂いが少々きついので、本音は早く出て欲しいです。この人も携帯……人は話すことを止めてしまったみたいですね。
『ディーちゃん、今度の土曜会えない?』
『いいよ』
『プレゼントも持っていく!』
『ありがとう』
『…なんか今日テンション低いね』
『そんなことないよ! ごめんね、ちょっと決めたいことがあって』
会社員さんは、静かに出て行きました……何があったのでしょう?
あれ?先ほど出て行ったはずの学生さん、お腹でも壊したんでしょうか。
『おい、それどういう事だよ』
『だから、私は健二じゃなくて、別に好きな人ができたの! だからもう健二とは付き合えないの!』
『は? ……誰だよ、○○か? △△か?』
『そんなの誰だっていいでしょ、とにかく、健二とは付き合いたくないの!』
『そうかよ! 勝手にしろよ!』
ため息が個室に散漫する……ただ、息がキツイので、できれば出てからして欲しい……他のお客さんにも影響が……
まーたですか。入れ代わり立ち代わりで会社員さんとその匂い。でも大丈夫! 常備されている消臭君がすべて包み込んでくれます! なかなか頼れる人なんですよねー。実は好き。そう思うと、学生さん……ドンマイ!ところで、何やらまた会話が続いています。
『ディーちゃん、どういうこと?』
『浅沼さんの事が好きなんです』
『いや、でも、そんな、急に言われても』
『浅沼さんは私のこと嫌いなんですか?』
『そんなことは……一目見たときから大好きだよ』
『なら、なら付き合って下さい』
『……分かったよ。とにかく、土曜日に会おう』
『楽しみに、してます』
なんということでしょう! こんな小さな個室から恋が生まれるなんて! 私感動しちゃいました。でも、会話がどこか不自然だったような気もします。ともかく、また一つ幸せが生まれたということをお祝いしましょう。
ただ一つどうしても気になったことが、〈さら〉さんと〈ディー〉さんの携帯番号が同じということです。
人って四字熟語とか作るじゃないですか。だから私も今日の出来事で作ってみました。