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第41回 てきすとぽい杯
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私が知らなかった彼の人生
 投稿時刻 : 2017.10.14 23:40
 字数 : 1868
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私が知らなかった彼の人生
永坂暖日


 彼は一部の界隈で有名なユーバーであり、乗り鉄だた。
 全国各地のJRや私鉄に乗て車窓からの景色を撮影した動画に、デスボイスでの車内アナウンスを付けて配信し、人気を集めていたのだ。
 時には自撮りで彼自身も動画に登場していた。その時には決まてモノクルを付けていた。伊達モノクルらしい。理由は、格好いいと思たから。そちらの評判は、コメントを見るといつもイマイチのようだたが、好意的に迎えられているようだた。
「いい人生じん」
 ワールドワイドなインタート上には、承認欲求を満たしたくて仕方のない人たちが少なくない、と思ている。そんな中で、彼のように一部でも人々の注目を集め、炎上することなく面白いやつだと受け入れられることは、希有ではなくても、簡単にできるものではない。そういう意味では、いい人生だた、と思う。
 そう、いい人生だた。長くはない中で、一時でも、そうやて生きられたのだから。彼のエンデングノートをめぐりながら、しみじみと思う。
 彼がエンデングノートを買たとき、デスボイスで車内アナウンスをするのはもちろん、モノクルを付けて電車に乗るのも無理な体になていた。
 その二年ほど前にはユーバーをひそりと引退していた。引退の理由は、エンデングノートを買た理由とはまたく別で、仮想通貨に手を出したからだ。ユーバーの次は、仮想通貨で小銭を稼ごうと考えたのである。
 それがどれほどうまくいたのかはわからないが、一時期は、巣ごもりする鳥よろしく、家から一歩も出ないで仮想通貨の取り引きにはまていたようだ。
 しかし、それも長くは続けられなかた。彼の筆跡で一杯のエンデングノートが物語ている。
 引きこもり生活がよくなかたのか、その前の生活がよくなかたのは、あるいはそれが彼の運命だたのか。ともかく、彼は病を得て、まだ若いのに、と言われることとなた。
 このノートは、遺品整理をしている最中に見つけた。机の上に無造作に積み上げられたその他のノートや本、プリントの山の中から発見したのだ。
 彼の死後にやてほしいことの箇条書きの間に、メモをするように彼自身が振り返た人生が書き付けられていた。それを見て、初めて、彼がユーバーたことを知たのだ。乗り鉄なのは子供の頃から知ていたが。
 エンデングノートに書いてあた、彼の死後にやてほしいことを、一つ一つ実行し、その合間に記された彼の人生を少しずつたどるのは、不思議な気分だた。同じ日に生まれて、同じ環境で育たのに、いつの間にかこんなにも違ていたなんて。
 両親は、彼が遺したエンデングノートを見たがた。しかし、両親にもその他の誰にも、決して見せないでくれと書いてあたので、それを守た。双子の私だけがノートを見ることを許されていたが、それは同時に、彼の死後の整理をすべてやるのは私一人という意味でもあた。
 彼は生涯独身で貯金は大した額ではなかた。保険や銀行などの手続きが必要な事柄はさほどではなかた。問題は、第二の彼ともいえる、そちらの整理だた。
 いくつもあるSNSのアカウントの削除をしてほしいと、ノートにはたくさんのアカウントがリストアプしてあた。多すぎる。
 ただひたすら、無心で削除していけばよかたかもしれない。だが、つい好奇心で、ネト上の彼はどんな人物だたのか知りたくなり、のぞいてしまた。そして、双子でも知らない方がいいこともあたと思い直した。それからは本当に無心でこなしていた。
 ノートパソコンや外付けHD、撮りためたDVD、人前ではちとタイトルを読み上げられない本の数々の処分も、私に一任されていた。一人暮らしをしていたアパートは引き払わなければならず、大量の荷物は、ひとまず実家の彼の部屋に移した。彼は、それらの荷物も両親に見られたくないと書いていて、私は彼の部屋のドアに鍵を付ける羽目になた。両親は抗議したが、両親のため、そして彼の遺志を守るため、鍵は死守した。なんでこんなことをしているんだろう、と時に思いながら。
 ようやくすきりした部屋で、改めて彼のエンデングノートを読み返していた。彼の遺品は、誰が目にしても問題ないものばかりになていた。残るは、このノートだけである。
 一ページずつノートからちぎり、100円シプで買てきたシダーはさみで細かく切ていく。面倒な作業だが、彼の名誉を死後も守るためである。
 自分は、こんなことを頼まなくてもいいようにしよう、と思いながら刻み続けた。
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