てきすとぽい
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第41回 てきすとぽい杯
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私が知らなかった彼の人生
(
永坂暖日
)
投稿時刻 : 2017.10.14 23:40
字数 : 1868
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私が知らなかった彼の人生
永坂暖日
彼は一部の界隈で有名なユー
チ
ュ
ー
バー
であり、乗り鉄だ
っ
た。
全国各地のJRや私鉄に乗
っ
て車窓からの景色を撮影した動画に、デスボイスでの車内アナウンスを付けて配信し、人気を集めていたのだ。
時には自撮りで彼自身も動画に登場していた。その時には決ま
っ
てモノクルを付けていた。伊達モノクルらしい。理由は、格好いいと思
っ
たから。そちらの評判は、コメントを見るといつもイマイチのようだ
っ
たが、好意的に迎えられているようだ
っ
た。
「いい人生じ
ゃ
ん」
ワー
ルドワイドなインター
ネ
ッ
ト上には、承認欲求を満たしたくて仕方のない人たちが少なくない、と思
っ
ている。そんな中で、彼のように一部でも人々の注目を集め、炎上することなく面白いやつだと受け入れられることは、希有ではなくても、簡単にできるものではない。そういう意味では、いい人生だ
っ
た、と思う。
そう、いい人生だ
っ
た。長くはない中で、一時でも、そうや
っ
て生きられたのだから。彼のエンデ
ィ
ングノー
トをめぐりながら、しみじみと思う。
彼がエンデ
ィ
ングノー
トを買
っ
たとき、デスボイスで車内アナウンスをするのはもちろん、モノクルを付けて電車に乗るのも無理な体にな
っ
ていた。
その二年ほど前にはユー
チ
ュ
ー
バー
をひ
っ
そりと引退していた。引退の理由は、エンデ
ィ
ングノー
トを買
っ
た理由とはま
っ
たく別で、仮想通貨に手を出したからだ。ユー
チ
ュ
ー
バー
の次は、仮想通貨で小銭を稼ごうと考えたのである。
それがどれほどうまくい
っ
たのかはわからないが、一時期は、巣ごもりする鳥よろしく、家から一歩も出ないで仮想通貨の取り引きにはま
っ
ていたようだ。
しかし、それも長くは続けられなか
っ
た。彼の筆跡で一杯のエンデ
ィ
ングノー
トが物語
っ
ている。
引きこもり生活がよくなか
っ
たのか、その前の生活がよくなか
っ
たのは、あるいはそれが彼の運命だ
っ
たのか。ともかく、彼は病を得て、まだ若いのに、と言われることとな
っ
た。
このノー
トは、遺品整理をしている最中に見つけた。机の上に無造作に積み上げられたその他のノー
トや本、プリントの山の中から発見したのだ。
彼の死後にや
っ
てほしいことの箇条書きの間に、メモをするように彼自身が振り返
っ
た人生が書き付けられていた。それを見て、初めて、彼がユー
チ
ュ
ー
バー
だ
っ
たことを知
っ
たのだ。乗り鉄なのは子供の頃から知
っ
ていたが。
エンデ
ィ
ングノー
トに書いてあ
っ
た、彼の死後にや
っ
てほしいことを、一つ一つ実行し、その合間に記された彼の人生を少しずつたどるのは、不思議な気分だ
っ
た。同じ日に生まれて、同じ環境で育
っ
たのに、いつの間にかこんなにも違
っ
ていたなんて。
両親は、彼が遺したエンデ
ィ
ングノー
トを見たが
っ
た。しかし、両親にもその他の誰にも、決して見せないでくれと書いてあ
っ
たので、それを守
っ
た。双子の私だけがノー
トを見ることを許されていたが、それは同時に、彼の死後の整理をすべてやるのは私一人という意味でもあ
っ
た。
彼は生涯独身で貯金は大した額ではなか
っ
た。保険や銀行などの手続きが必要な事柄はさほどではなか
っ
た。問題は、第二の彼ともいえる、そちらの整理だ
っ
た。
いくつもあるSNSのアカウントの削除をしてほしいと、ノー
トにはたくさんのアカウントがリストア
ッ
プしてあ
っ
た。多すぎる。
ただひたすら、無心で削除していけばよか
っ
たかもしれない。だが、つい好奇心で、ネ
ッ
ト上の彼はどんな人物だ
っ
たのか知りたくなり、のぞいてしま
っ
た。そして、双子でも知らない方がいいこともあ
っ
たと思い直した。それからは本当に無心でこなしてい
っ
た。
ノー
トパソコンや外付けHD、撮りためたDVD、人前ではち
ょ
っ
とタイトルを読み上げられない本の数々の処分も、私に一任されていた。一人暮らしをしていたアパー
トは引き払わなければならず、大量の荷物は、ひとまず実家の彼の部屋に移した。彼は、それらの荷物も両親に見られたくないと書いていて、私は彼の部屋のドアに鍵を付ける羽目にな
っ
た。両親は抗議したが、両親のため、そして彼の遺志を守るため、鍵は死守した。なんでこんなことをしているんだろう、と時に思いながら。
ようやくす
っ
きりした部屋で、改めて彼のエンデ
ィ
ングノー
トを読み返していた。彼の遺品は、誰が目にしても問題ないものばかりにな
っ
ていた。残るは、このノー
トだけである。
一ペー
ジずつノー
トからちぎり、100円シ
ョ
ッ
プで買
っ
てきたシ
ュ
レ
ッ
ダー
はさみで細かく切
っ
ていく。面倒な作業だが、彼の名誉を死後も守るためである。
自分は、こんなことを頼まなくてもいいようにしよう、と思いながら刻み続けた。
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