てきすとぽい
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第42回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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最高のクリスマス
(
みお
)
投稿時刻 : 2017.12.09 23:53
字数 : 3202
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最高のクリスマス
みお
僕がも
っ
とも苦手なことは、走ること。急に駆け出すこと。飛んで跳ねて暴れること。
自分でいうのも嫌み
っ
たらしいが、僕は頭がいい。頭脳派だ。だいたそんな人間は肉体労働に向いていない。
そして僕が一番嫌いな日はクリスマスだ。
見たこともない人の誕生日を喜んでお祝いしてやるほど、僕は人間ができていない。
でも皮肉なことに、僕が人生で一番大好きにな
っ
た人は、クリスマスに肉体労働にいそしむサンタクロー
スだ
っ
た。
「女性でサンタクロー
ス
っ
て珍しいですね!?」
「ん? そうか? ああ、珍しいのかもな。でもこの職種、離職率が激しいんだよ。ブラ
ッ
ク
っ
てやつ! だから根性あるやつは性別関係なく残れるんだ!」
僕のすぐ目の前に真
っ
赤な色が広がり、激しい音が耳をつんざく。
その音の隙間から、威勢のいい明るい声が響き渡る。
「でもすごいです!」
「そんなことねえよ。それに付いて来てるお前のほうがも
っ
とすげえや!」
震える僕は目の前の固くて柔らかい腰に掴ま
っ
て、出し慣れない叫び声をあげるばかり。
僕がまたが
っ
ているのは巨大なバイクで、それを操
っ
ているのは真
っ
赤なダウンに身を包んだ背の高い女性。
彼女の足の間には、巨大な袋がし
っ
かりと挟み込まれている。
彼女の名前を僕は知らない。ただサンタクロー
スさん。と呼んでいる。
彼女と出会
っ
たのはほんの偶然だ
っ
た。
オフシー
ズンは配送の仕事をしている彼女と、仕事先の荷物受け取りで偶然出会
っ
た。
彼女がサンタクロー
スであることを知
っ
たのは三日前。
僕が甥
っ
子のため、渋々と玩具屋に立ち寄
っ
たとき、真
っ
赤なダウンに身を包んだ彼女が奥から現れた。
そして彼女は言
っ
たのだ。
自分はサンタクロー
スである。
今からクリスマスにかけて、担当エリアへ配達に向かうのだ。と。
「俺、頭わりいし、体動かすことしかできねえからさ!」
からからと、彼女は笑う。出会
っ
た時から変わらない、明るい笑顔だ。
僕はサンタクロー
スなんて信じていない。
彼女の言うことだ
っ
て、ただの配達会社のイベントだろうと、そう思
っ
ていた。
しかし、彼女の持つ大きな袋から、無尽蔵に溢れ出すプレゼントを見て僕の気持ちはあ
っ
さりと裏返る。
ああ、サンタクロー
スはいたのだ。ここにいたのだ。僕が一度も信じていなか
っ
た、僕がも
っ
とも嫌いだ
っ
たイベントの主人公。実在したのだ。そしてこんなにも美しか
っ
たのだ。
まるで目の前が開けるようだ
っ
た。
そして僕は彼女に恋をした。
ひとめぼれした僕に気づかず、彼女は続けてい
っ
た。
プレゼントを配りに行くのは危険な旅である。なぜなら人がサンタクロー
スを信じないからである。
人が信じなければ信じなくなるほど、彼女のように曖昧な生き物は存在さえ曖昧にな
っ
ていく。
悪意に満ちた「信じない」人の気持ちは、真
っ
黒な影とな
っ
て彼女を襲うのだ。
彼女はそれと戦いながら仕事をこなす。
僕が幼い頃に聞いていたサンタクロー
ス像とは全く違う、彼女の使命は重か
っ
た。
僕はそれを聞いて、急に使命感に燃えることとなる。
走ることも跳び跳ねることも殴ることも蹴ることも苦手だ
っ
た僕だけど、彼女を救いたい。
彼女を守
っ
てその悪意と戦いたい。それは彼女に対する罪滅ぼしでもある。
……
少なくとも30秒前までは、僕もその悪意を持
っ
ていたはずなのだから。
「ほれ来たぞ。あれが悪意
っ
てやつ」
「
……
」
断られるかと思
っ
たが、意外にもサンタクロー
スさんは僕をバイクに乗せて連れて来てくれた。しかし、とある街角で彼女は静かにバイクを止め、そして音もなく地面に降り立つ。
見れば、道の真ん中、黒いヘドロのようなものが溜ま
っ
ている。
寒い冬の空気にどろどろと、とろけるように這
っ
ている。
それは悪意だ。それは重苦しい悪意だ。それはじわじわと地面を這う。
その闇が手のひらのような形をも
っ
て、サンタクロー
スさんを狙
っ
ている。
サンタクロー
スの存在を信じられない、信じたくないその悪意は、サンタクロー
スさんを消すことでその感情を押さえようとしている。
「怖いなら下が
っ
てな。お前に手出しはさせねえよ」
よほど青い顔色をしていたのか、僕を見てサンタクロー
スさんは太い眉を動かし、笑う。
背が恐ろしく高く、肩幅もが
っ
ちりとしている。
彼女の肌は冬でも小麦に焼けていて、まるでサンタクロー
スにはみえない。真
っ
赤なダウンを脱ぎ捨てれば、なかにはバイトで使う青色の配達作業衣だ。
「俺が片付けてくるから、あんたはその荷物を見ててくれ」
ひどくなれた様子で、彼女は腕をならして悪意に向かう。ぶれない足取りだ。その剥き出しの腕には、深い傷がいくつも見える。
「サ
……
サンタクロー
スさんはなぜ」
みれば彼女の顔にだ
っ
て薄い傷がある。全部全部、悪意のせいだ。それなのに、彼女はま
っ
すぐ悪意に向か
っ
ていく。
「こんな危険は目にあ
っ
てなお、プレゼントを?」
「待
っ
てる人がいるからだよ」
ふいに、サンタクロー
スさんが女性らしい目で微笑んだ。
ひどく愛おしいものを見る目で、彼女は微笑む。遠いどこかにいる、子供たちの顔を思い浮かべたのだろう。
そんな目をされてしまうと、ああ狡い。こんな目に見られてしまうと、一人で震えているわけにはいかないではないか。
「さあ俺が片付けるから待
っ
てて
……
」
「
……
いや、ま
っ
てください。ここは、僕が」
だから僕も柄にもなく、つい立ち上が
っ
てしまうのだ。
「僕は頭がいいので。こういうことは
……
頭脳戦で切り抜けまし
ょ
う」
気がつけば周囲はぐるりと悪意に囲まれている。
しかし、突破口はあるはずだ。き
っ
と、歴史の教科書を思い出せば似たような戦いを切り抜けた英雄たちがいたはずだ。
僕は震える足を叱咤して立ち上がる。
僕は走るのも痛いのも情けないのも、悲しいのも嫌いだ。
でもそれ以上に、サンタクロー
スさんが怪我をする瞬間を、見るのは、も
っ
と嫌だ。
「なんでお前
……
俺を助けてくれるんだ」
サンタクロー
スさんはあきれたように、僕を見る。
ま
っ
すぐで、力強くて、優しいその視線。僕の常識を覆した人。
サンタクロー
スなんて信じてもいなか
っ
た。幼い頃から、一度だ
っ
て信じたこともない。
でも。
「ぼ、ぼくは、あなたを信じてる!」
悪意が、わ
っ
と音をたてた。ぐ
っ
と反り上がり、サンタクロー
スさんに狙いを定める。僕はもつれる足で必死にかけて、彼女の体を守ろうとする。風が耳を打つ、悲鳴のように悶える悪意の声が僕の心に刺さる。転びそうになる、足がつりそうになる。
「逃げて! サンタクロー
スさん!」
サンタクロー
スさんはぽかんと僕をみたあと、へに
ゃ
りと崩れるように、泣きそうに笑
っ
た。
「ありがとな。でも、俺、強いからさ」
しかし、それと同時に、サンタクロー
スさんは平然と、腕を大きく振りかぶり、
「わりいな」
悪意の中心部をえぐるように、殴り付けた。
「どんどん来るんだから、ここで止ま
っ
てらんねえわ」
情けなく地面に転がる僕がみたものは、まるで灰のようにさらさらと散
っ
ていく悪意の廃棄物だ。
それはきれいに晴れ上が
っ
た12月の冷たい空に飛んで、飛んで、やがて消えていく。
悪意の悲鳴の代わりに聞こえてきたのは、浮かれた町のクリスマスソングである。
「さ、先を急ぐぞ」
サンタクロー
スさんは僕の頭にヘルメ
ッ
トをはめなおすと、ひ
ょ
い
っ
と腰から掬い上げる。
……
ああ。この人を前にしてしまえば、僕の頭脳なんてまるで形無しだ。
「でも、さ
っ
きのは嬉しか
っ
たぜ」
バイクの後ろにまたがる瞬間、サンタクロー
スさんが肩越しに僕をみた。そして僕の額に軽くキスをする。
「早めのクリスマスプレゼントな」
サンタクロー
スさんの赤い耳は、ヘルメ
ッ
トの下に消えていく。
指まで赤く染ま
っ
た僕は、その手でサンタクロー
スさんの腰を必死につかむ。寒いはずなのに頭の先まで暑くなる。
「まあ、次危ないときにはその頭脳
っ
ての頼むわ」
サンタクロー
スさんの声は、走り出したバイクの向こうに甘く溶ける。
悪意たちの残骸を踏み散らし、僕たちは最高のクリスマスに向か
っ
て走り始めた。
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