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第43回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動6周年記念〉
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切望
 投稿時刻 : 2018.02.17 23:52
 字数 : 1925
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切望
永坂暖日


 腕の中で赤ん坊が泣いていた。腹が減たのだろうか。それとも眠たいのか。――あるいは、咎めているのか。
 生まれたばかりの子が、男を咎めるはずもない。そう思うのは、後ろめたいからだ。揺るぎない罪悪感があるからだ。
 だが、たとえ咎めているのだとしても、男は一言の言い訳もできなかた。それだけのことをしてしまた。
 いたいいつ、何を、どう間違えてしまたのだろう。
 泣き叫ぶ我が子は、答えを教えてくれない。

   ●

 声変わりするよりずと前から剣を握り、気が付けば〈竜殺し〉というなんとも血なまぐさい二つ名を付けられていた。ひたすら腕を磨き、ほとんど偶然、魔力を切り裂く剣を手に入れたのが、竜退治の始まりだた。
 牛ほどの大きさの竜を何頭も倒し、国を荒らす竜退治の騎士団に加わて、いつの間にかそれを率いるようになていた。
 国王を長い間悩ませていた竜をとうとう退治し、その褒美として末の王女を与えようと言われたとき、ただ戦てきただけの自分が高貴な姫を幸せにできるわけがないと思い、丁重に辞退した。
 それが、間違いだたのだろうか。
 騎士団長の地位は取り上げられ、王都から追放された。
 だが、元は田舎で剣を振り回していた子供だた。それまでの立場が分不相応だただけで、田舎で畑をやりながら、近所の子供たちに剣を教えるのがちうどいい身分なのだ。
 そんな男に相応の妻をもらい、子供も生まれた。
〈竜殺し〉の二つ名が付いていたことも忘れそうだたのは、しかし、平穏な日々のためではなかた。
 長いこと畑から離れていたせいで、男の農民としての技量は低く、そこに凶作が加わた。騎士団長時代の蓄えは地位と共にほとんど取り上げられていて、生活は苦しくなる一方だた。
 腕に覚えがある剣で稼ごうにも、男や騎士団の活躍のおかげで、竜はほとんど姿を消していた。ならば盗賊でも捕まえて賞金稼ぎをしようとしても、男は都市へ入ることが禁じられていて、捕まえた盗賊を役所へ突き出せない。
 男が持ている唯一価値があるものといえば、魔力も切り裂く剣だけだた。しかし、取り上げられなかたそれを手放すことは難しかた。男にとて半身にも等しい存在だた。
 そんな折り、国王の使者は現れた。男の腕を活かし、家族の生活を守れるいい仕事がある、と。
 一度は追い出したくせに、という思いはすぐに捨てた。男がその仕事を引き受ければ、妻と子の生活を保障してくれるというのだ。
 仕事の内容がどれほど非道なものであろうとも、家族を守れるのならば、男はなりふりかまていられなかた。

   ●

 巨大な河の真ん中に、その島はあた。かつて竜が支配し、今は人が支配しているそこには、力ある魔女たちがいる。
 魔女の力は娘に引き継がれ、その中で育ていくのだという。故に、代を重ねている魔女ほど強い力を持ている。そんな魔女は、騎士団が総力を挙げて倒した竜を、たた一人でいとも簡単に倒してしまうのだという。
 陛下がその力を欲していらる、と使者は言た。
「竜を倒すような魔女を拐かせというのか」
 いくら〈竜殺し〉の二つ名があた男でも、それは難しいと思た。
「いいや、もと簡単な方法がある」
 使者はニヤリと笑た。嫌な笑い方だたが、男は黙ていた。
「魔女をたぶらかしてはらませればいい。そうして生まれたのが娘だたら、その剣で魔女を殺して、娘を連れて帰れ。どうだ、簡単だろう」
 仕事を引き受けると言た後だた。すでに支度金としてまとまた金も受け取ていた。断れるはずもない。
 妻には出稼ぎに行くとだけ言て、男は巨大な川を渡り、島へ入た。
 できるだけ力が強く、まだ娘のいない魔女がいい。
 島中を探して、やがて男は条件に合う魔女と出会た。彼の妻よりも若く、島の魔女たちを束ねるという魔女だた。
 彼女は、魔力を切り裂く男の剣に興味を持ち、男が竜退治や島の外の話をしてやると、驚くほど食いついてきた。
 魔女の懐妊がわかたのは、男が「出稼ぎ」に出て一年後だた。
 そしてそれから十月後、男の腕の中には生まれたばかりの娘が、目の前には、冷たくなた魔女がいた。
 男の剣は魔女の魔力を切り裂き、その体を貫いた。
 島でもとも力ある魔女は、男を疑わなかた。だから、こうもあさり殺されてしまたのだ。
 血塗れた刃を拭うのもそこそこに生まれたばかりの娘を抱き、男は逃げ出すように、魔女と暮らした家を飛び出した。
 これでようやく、家族の元へ帰れる。妻と我が子が待ている。
 いや、腕の中にいるのも、彼の娘には違いない。だがその母親は彼のその手で――

   ●

 腕の中で赤ん坊が泣いていた。
 いたいいつ、何を、どう間違えてしまたのか、男にはもうわからない。
 誰も答えを教えてはくれない。
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