黄金の鱗(千文字古話〕
遥か彼方で皎々と照りやまぬ月を眺めると、海が濃く匂
った。月のほかには星ひとつとなかった。凪いだ海は空を拝み黄金の道をつくった。小僧はその果てなくのびた道を、辿るように見詰めていた。腰の折れかかった老人が杖を頼りに歩み寄った。老人が吐息を漏らしながら腰をのばすと、崩れた髷が月光で白く光った。
「金の鱗が欲しいのか?」
少年は黙してうなずいた。
「月、天高くのぼり黄金の道ができしとき、暁までに道の果てまで行き着けば龍王とまみえる。その黄金の鱗は万病の薬となる」
少年は、老人の話にかまわず砂に突き刺した銛を引き抜いた。それを舟へ放り、裸足の足に力を込めると、舟は闇夜とおなじ暗い海へと滑りだした。
「やめとけ! おっかぁを助けてえ気持ちは分かる。じゃがな、こげな夜に小舟を出せば、お前もおっとぅと同じうなるぞ」
「おいは、おっとぅとは違う!」
説得も空しく、少年は舟へ飛びのると黄金の道に沿って漕ぎだした。
「無理じゃから、こげん話が伝わるとよ。黄金ん道は、どこまでも果てないじゃろうて……おっとぅを恨んじゃいけんとよ」
少年はそのまま眩い道に紛れてしまった。
漕いで漕いで漕いで、揺れる舟は少年そのものだった。
いつの間にか、とろとろとのたう海は黄金の鱗になっていた。 月は中天にあり、道はここにあり、先にはなかった。 鱗が騒ぎだし、水面が盛り上がるとそこに大きな眼(まなこ)があった。 なにも語らず、瞬くことを忘れた眼を小僧は眺めている。思うところがあったのだろうか。小僧が眉を寄せると傍らの銛をつかみ、眼へむけて放ったのだ。悲しみに暮れた眼は血の涙を流した。 痛みがそうさせたのか、頭(かしら)をもたげた眼は龍であった。 龍は舟をまわり始めると瞬く間に渦となり、舟を渦中へと誘った。海はえぐれ、錐の暗穴はどこまでも深く深く果てることもない。舟は螺旋を描きながら姿を消した。あの渦が静まる間際、渦巻く壁の頂点へと浮かんだ月を小僧は眺めたのだろうか。とっぷりと水飛沫をあげて鎮まった渦は、朝日を浴びると何ごともなかったように銀鱗を帯びた海流に帰した。
小僧が戻らぬのを哀れんだのか、老人は小僧の母を訪ねた。熱にうなされたその姿は目を覆うばかりだった。とても息子のことを話せなかったのだろう。老人は小屋を後にすると海辺へ向かった。海鳥が風に揉まれている。ふと小僧の家を振りかえった。その茅葺きには朝日を返す金色の欠片があるように見えた。