第43回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動6周年記念〉
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黄金の鱗(千文字古話〕
投稿時刻 : 2018.02.19 01:13 最終更新 : 2018.02.19 15:21
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- 2018/02/19 15:21:56
- 2018/02/19 01:21:42
- 2018/02/19 01:13:06
黄金の鱗(千文字古話〕
白取よしひと


 遥か彼方で皎々と照りやまぬ月を眺めると、海が濃く匂た。月のほかには星ひとつとなかた。凪いだ海は空を拝み黄金の道をつくた。小僧はその果てなくのびた道を、辿るように見詰めていた。腰の折れかかた老人が杖を頼りに歩み寄た。老人が吐息を漏らしながら腰をのばすと、崩れた髷が月光で白く光た。
「金の鱗が欲しいのか?」
 少年は黙してうなずいた。
「月、天高くのぼり黄金の道ができしとき、暁までに道の果てまで行き着けば龍王とまみえる。その黄金の鱗は万病の薬となる」
 少年は、老人の話にかまわず砂に突き刺した銛を引き抜いた。それを舟へ放り、裸足の足に力を込めると、舟は闇夜とおなじ暗い海へと滑りだした。
「やめとけ! おを助けてえ気持ちは分かる。じがな、こげな夜に小舟を出せば、お前もおと同じうなるぞ」
「おいは、おとは違う!」
 説得も空しく、少年は舟へ飛びのると黄金の道に沿て漕ぎだした。
「無理じから、こげん話が伝わるとよ。黄金ん道は、どこまでも果てないじろうて……を恨んじいけんとよ」
 少年はそのまま眩い道に紛れてしまた。
 漕いで漕いで漕いで、揺れる舟は少年そのものだた。
  いつの間にか、とろとろとのたう海は黄金の鱗になていた。 月は中天にあり、道はここにあり、先にはなかた。 鱗が騒ぎだし、水面が盛り上がるとそこに大きな眼(まなこ)があた。 なにも語らず、瞬くことを忘れた眼を小僧は眺めている。思うところがあたのだろうか。小僧が眉を寄せると傍らの銛をつかみ、眼へむけて放たのだ。悲しみに暮れた眼は血の涙を流した。 痛みがそうさせたのか、頭(かしら)をもたげた眼は龍であた。 龍は舟をまわり始めると瞬く間に渦となり、舟を渦中へと誘た。海はえぐれ、錐の暗穴はどこまでも深く深く果てることもない。舟は螺旋を描きながら姿を消した。あの渦が静まる間際、渦巻く壁の頂点へと浮かんだ月を小僧は眺めたのだろうか。とぷりと水飛沫をあげて鎮また渦は、朝日を浴びると何ごともなかたように銀鱗を帯びた海流に帰した。
 小僧が戻らぬのを哀れんだのか、老人は小僧の母を訪ねた。熱にうなされたその姿は目を覆うばかりだた。とても息子のことを話せなかたのだろう。老人は小屋を後にすると海辺へ向かた。海鳥が風に揉まれている。ふと小僧の家を振りかえた。その茅葺きには朝日を返す金色の欠片があるように見えた。
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