陽の光
目が覚めると陽の光がなだれ込んできた。あまりの眩しさに目を瞑るが、まぶたを通る血管に光が透けて、ぴりぴりと強い刺激がする。
両目を掌で隠しながら、目を開けた。起き上がる。草木のにおいと鳥の鳴き声が入
ってくる。なぜだか屋外にいるらしい。
それからまた長い時間をかけて、目を慣らした。周囲を見渡すと、そこは森の開けた場所で、木々に囲まれた草原だった。鳥の鳴き声がするが、うまく隠れているようで、どこにいるのかまでは分からない。陽気をはらんだ風が舞い、足元の低い草が囁きながら揺れている。
どうしてこんなところに寝ていたのだろう。眠る前のことを思い出そうとしたが、うまく思い出せなかった。
ここがどこだかも分からない。草の囁き声を踏み分けながら草原を歩いた。すぐに木の密集する場所へとたどり着き、そのまま木々をすり抜け進んでいく。木の枝は立派なもので、葉っぱも生い茂っていたが、不思議と陽光が遮られている様子はなかった。草原と同じ量の白い光が、頭上へと降り注いでくる。
鳥の鳴き声は等間隔で聞こえ、やはりその姿は見えない。木の幹に手を置きながら進んでいく。どの幹も人間の胴体ほどの太さで、脇をすり抜けて進んでいく分には分が良かった。
進んでいくと、森の途切れるところがあった。木々の集団が終わり、また草だけが広がっている。ふいに疑問に思って振り返ると、森の中でも草は同じように生え広がっていた。やはり、それだけ陽の光が満遍なく差し込んでいるということなのだろう。
草原が広がっていった先で、同じように木々が密集している。俯瞰すればきっと、森の中にふたつの草原の楕円が空いているように見えるだろう。いや、あるいは前方の森を抜ければ、またも同じような広場に出るかもしれないから、ふたつとも限らない。
ふたつとも限らないし、ふたりとも限らない。
草原には男性が横たわっていた。ゆっくり近づくと、その男性はまだ眠っているようで、深い寝息を立てていた。傍にしゃがみ込み、その顔を観察する。顔立ちの整った男だった。
しばらくすると、男性は目を覚ました。
「眩しいから、目を隠すといいよ」
私が言うと、男性はその通りにした。目を隠したまま上半身を起こし、こちらを向く。
「あなたは何者ですか?」
「イエス・キリスト」
「すると、ここは死後の世界ですか」
「さあ、それは分からない」
本当に分からないし、私はイエス・キリストではない。記憶喪失者の常套句だった。
目が慣れたのだろう、男性は掌をどかし、こちらを見た。それでようやく、ジョークである可能性に気付いたのだろう、彼はきょとんとした顔で言った。
「イエス・キリスト?」
「いいや」
「ここは死後の世界ですか」
彼が再び聞いた。その瞳は黒かった。
「さあ、それは分からない」
同じことを聞かれたので、同じことを返した。
「気づいたらここで寝ていたんだ。あなたのように。寝る前にどこにいたのかは、覚えていない。名前は?」
「クロベです」
「クロベさん。寝る前の記憶は?」
「寝る前は、家にいました。家のベッドで、聖書を読んでいました」
「へえ」
「外国語の聖書を読むと、よく眠れるんです。日本語しか分からないので」
「それで、起きたらここに?」
「そうです」
それでようやく、クロベさんは地に足をつけ、立ち上がった。私も起き上がる。海のなかで立ち上がったかのような圧が、とめどなく頭上に降り注いでくる。
「陽が強いですね、とても」
「そうだね」同意する。以下略。
それからは複数人で森を歩いた。森を抜けると案の定同じような草原に出て、そこにまたもうひとりの人間がいた。次の草原も、その次の草原もそうだった。
何度進んでもその繰り返しであり、ただ異なるのは人間が全員別人であることくらいだった。
何度繰り返し森を抜けても、新しい草原にたどり着くばかりで、この繰り返しを抜け出すことはできなかった。
そして一向に夜も訪れなかった。
ただ陽の光だけが、絶え間なく降り注いでいる。
絶え間ない陽光を浴びながら、鳥は姿を見せぬまま鳴き続け、風は舞い、草は囁き、私たちは誰も喉の渇きや飢えを感じぬまま彷徨い続けていった。