てきすとぽい
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第44回 てきすとぽい杯
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置き去りの想い
(
白取よしひと
)
投稿時刻 : 2018.04.14 23:33
字数 : 660
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置き去りの想い
白取よしひと
母はアキオの前で涙をみせたことはなか
っ
た。
白布をめくると、その母の前でアキオは涙を落とした。もはや叶うこともない願いを残したまま、母は沈黙の人とな
っ
た。
八王子の春は残酷なくらいうららかで、白布は差し込んだ日差しを強く返した。
こみ上げるものを鎮めようとしたのか。窓辺へよると、山肌い
っ
ぱいに白蟻のように墓標が群れていた。
姿かたちの一様な石たちは、アキオの慟哭をひとめ見物しようと固唾を呑んで見あげた。
彼の地でちいさな箱に入れられた母は、アキオとともに長旅を終えた。
アキオは母をテー
ブルに置くと、台所へ目をむけて立ち尽くした。何を求めているのか、流し場を見詰めたまま動こうとしない。
少しだけ若く見える母は、流し場に顔を埋めていた。轟々と流した水で顔を洗
っ
ているのだ。その姿を、学生らしい線の細い男が見詰めている。男はいたたまれない顔で、母を置き去りに二階へと駆けあが
っ
た。
(あれは
……
)
高校生のアキオだ
っ
た。些細なことで口論となり、弾みで母の肩を押したのだ
っ
た。
母はアキオに涙を見せたことはなか
っ
た。それを守り通すために、突然顔を洗い始めたのだ。記憶を辿るように、アキオは二階を見あげた。母に手をだしたのは、あれが最初で最後だ
っ
た。
今ごろ高校生のアキオは、やりきれない気持ちでドアを背に、膝を抱えているのだ。
台所へ目をもどしたアキオは、母の姿を確かめることができなか
っ
た。
「ごめん。とうとう謝ることができなか
っ
たよ」
膝をつき、涙を落とすにまかせたアキオは台所を見あげた。
そこにはタオルを手にした母が、笑
っ
ているように見えた。
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