てきすとぽい
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第45回 てきすとぽい杯
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焼肉定食ご飯大盛
(
茶屋
)
投稿時刻 : 2018.06.16 23:35
字数 : 1990
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焼肉定食ご飯大盛
茶屋
冷やし欧州始めました。
カラー
ペンで書かれた素朴な、というか安
っ
ぽい貼り紙にはそう書かれているが、その横にあるみ
ょ
うちくりんなイラストからはそれがどういうものなのか全く見当がつかない。昼飯のタイミングを掴み損ねて適当に入
っ
たのは、個人経営の定食屋だ。そこそこ長く続けているらしく、外観も古ければ、内装も古い。食用油か煙草のヤニだかで壁面はう
っ
すら黄褐色を呈しており、書棚の巻数のそろ
っ
ていないこち亀は背描写が日焼けし、かなり読み込まれた様子だ。
少し、不安になる。長年続いてきたというのはうまい証拠だろうという見る向きもあるかもしれないが、別にそんなことはない。単純に競合がおらず、立地に恵まれて続いているだけということもあるし、別に収入があ
っ
て店は趣味か惰性のようなものという場合もある。長年続いていそうというだけで、味がいいとは限らないのだ。むしろこういう店は大味な場合が多い。
心なしか出された麦茶も少し薄い気がする。
やはりあの時、あのチ
ェ
ー
ン店に入
っ
ておくべきだ
っ
たか。そんな後悔をする。
少し遠出をするとその土地ならでは物が食べたくなる。実際はたいしておいしくなか
っ
たり、観光地価格で中身と値段が見合
っ
てなか
っ
たりでそれはそれで後悔する。どこにでもあるチ
ェ
ー
ン店というのは腹を満たす店と安定した味という点では正解ではあるのだが、やはり旅情がない。そんな思考を行
っ
たり来たりしてそのうち良い店があるだろうと思
っ
ているとだんだんと昼時を過ぎていく。そして結局こんな店に行きつくのだ。だから、旅先や遠出した時は、あまり食事でいい思い出がない。
そして今回もこれだとよ、とうんざりしながら店内を眺めていると、そのチラシが目に入
っ
たのだ。
中華じ
ゃ
ないのか。ヨー
ロ
ッ
パなのか。
しかし、欧州も広い。北欧に南欧、東欧に西欧、国家体制も違えば、食文化も違うはずだ。EUという括りはあるが、共通するイメー
ジというのはあまりない。実際に、子供の頃はヨー
ロ
ッ
パをどこか一つの国かのように思
っ
ていた節がないではないし、どこに旅行に行きたいか聞かれれば「ヨー
ロ
ッ
パ」と雑に答えるかもしれない。そんな粗雑な上に、冷やしを冠するのだ。何たる雑さであろうか。台湾まぜそばの比ではない。
ご当地グルメの可能性はないではない。ご当地グルメならば食
っ
てみたいという気もする。どうせ外れるのは分か
っ
ているが、だが、それでもこの迷いに迷
っ
て辿り着いたのが対しておいしくなさそうな定食屋という負の連鎖を断ち切れるような気がするのだ。
と、その前に、どんなものか検索しよう。
「いつもそうだよね」
スマホを取り出そうとしたところで、ふ
っ
とそんな言葉が脳裏をよぎる。
その言葉を幼なじみ言われたあの日も、ち
ょ
うど夏が始まりそうで、冷やし中華が始まろうとしていた季節だ
っ
た。私たちの季節もどこか移り変わりそうで、なにかむずがゆい焦燥感を覚えていた。
午後の日差しは雲に隠れている様子で、部屋は少しだけ薄暗か
っ
た。じ
っ
とりとした湿気のせいで少しだけ不快だ
っ
たが、それどころではなか
っ
た。親は留守で、家には幼なじみと私の二人だけ。それは過去にもよくあ
っ
たことだ
っ
たが、その日だけは雰囲気が違
っ
た。二人ともそんな空気を察知してか会話は長く続かなか
っ
た。
ふ
っ
と目があう。
彼女の眼の中には私がいて、私の目にはき
っ
と彼女がいるのだろう。
どれくらいの時間そうしていたのだろうか。時間も理性もどこか遠くへ行
っ
てしま
っ
て、行方不明にな
っ
てしま
っ
たようだ
っ
た。
だけど、彼女の顔が近づいてきた時、何かが戻
っ
てきた。それは未知への恐怖と言
っ
てもいいかもしれないし、ただの不安かもしれない。
「ち
ょ
っ
と待
っ
て、準備が」
自分でも予期しないそんな言葉が飛び出したとき、瞬時に失策を犯したことに気付いた。
「いつもそうだよね」
でも、もう遅か
っ
た。怒
っ
ているのか、が
っ
かりしているのかわからない。ただ、少し寂しそうには感じた。
「いつも、事前に調べて、計画して、準備して
……
。君らしいけど、私は置いてい
っ
ち
ゃ
うからね」
しばらく無言のまま時を過ごしたが、結局この時点で彼女とはじまろうとしていたなにかは終わ
っ
てしま
っ
たのだ。季節は移り変わらず、私は決して夏へ行けなか
っ
たのだ。青春という季節を俺はその不用意な発言で逃してしま
っ
たんだ。人生最大の後悔というわけではないが、かなり上位の後悔だ。それから彼女は別の恋人を作
っ
て青春を楽しそうに謳歌する一方で、僕はより打算と優柔不断に満ちた気怠い木陰でじ
っ
としていた。俺の悪いことは全部、あの時彼女が行
っ
てくれた。努力したり諦めたりして、あれから変わ
っ
たような気もする。いや、これからも変わり続けるんだ。
だから、これは何度目かの第一歩なんだ。
私はスマホをしまい、深呼吸、そして手を上げる。
「すいませー
ん、焼肉定食。あ、ごはん大盛
っ
てできます?」
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