like a flower in the asphalt
ず
っと涙を流している。
生まれたとき赤子はみんな泣いている。子供はよく泣くものだ。普通は、少しずつ成長して、涙を流す頻度が減っていく。大人になったら特別なときにしかなかないものだ。
鏡を見つめる。頬を流れる涙は止まることなく流れている。悲しいことがあったわけではない。
涙が止まらないという病気なのだ。
子供のときからいつも涙が止まらなかった。どんなに楽しい日も、嬉しいときも、涙は頬を流れていた。周りの人間は気味が悪いと言っていた。そう言われて悲しいと感じても、普段と変わらない涙しか流れなかった。
それでも生きていれば成長する。
治らない病気は仕方がない。命にかかわるような病気に比べれば、ただ邪魔で、他人に嫌がられるだけなのだからいいことだとも考えられる。死んでしまいたいと思ったこともあったけれど、それは若いときに誰もが思うことだったのかもしれないなとも思う。
大人になって、仕事をしている。
涙は相変わらず流れている。
就職活動は大変だったけれど、なんとか理解のある会社に勤めることができた。希望したので社外の人間と合うことはなく、毎日、PCに向かっていた。同僚の方々は、最初、驚いてはいたけれど、今では慣れたのか、それとも諦めたのか、触れられることなく働いていた。
「これやってみ」
仕事中、ちょっとした雑談の時間だった。恋人がほしいとか、付き合いたいとかみんながそんな話になったときに先輩があるアプリを勧めてきた。プロフィールを登録して、恋人候補を探すようないわゆるマッチングアプリだった。
「知らない人と会うの怖くないですか?」同僚が言った。
「今だと普通だって」
この先輩の今の恋人はこのアプリで出会ったらしい。
そういったのもいいかと思ったけれど、このときは、涙を流したまま笑顔を作ってただ聞いていた。
帰宅して、ごはんを食べながらテレビを見ている。昼間、先輩が勧めていたアプリのCMがやっていた。ディスプレイの中では暗く落ち込んでいた人間が、アプリを使って素敵な恋人を見つけ、15秒で明るい笑顔になっていた。
うそくさいなあ、と思う。
それでもなんとなく、気になってしまう。食事を終えて、食器を片付けて、携帯電話を手にとった。特に誰からのメッセージも届いていない。静かな夜。検索欄にアプリの名前を入力した。
おそるおそるプロフィールを登録していく。
顔写真を求められた。
携帯電話の中の写真を見たけれど、当然、涙を流している写真しかない。そもそもほとんど写真がなかった。仕方がない。別のアプリを立ち上げて涙が目立たないように修正した。すべての登録を終えると画面が切り替わった。
『meetsはじめました!』
アプリの画面に自動メッセージが表示される。
わずかに興奮しているのが感じられた。
人と会うことになった。
アプリで話して、盛り上がった人だ。すごく緊張しているのがわかる。待ち合わせ場所に、かなりはやくついてしまった。立って待っていると道行く人にちらちらと見られる。だいの大人が涙を流し続けたまま、ずっと立っているのだ。なにがあったのかと思うのも無理はない。普通ならそんな泣くようなことがあったら、どこか影へ、人に見られないようなところへひっこむものだ。けれど、これが普通なのだから仕方ない。
携帯電話にメッセージがはいった。
相手も着いたらしい。
もう近くにいるのだ。
足が震えている。
ここにいる悪目立ちしている人間が待ち合わせの相手だと伝えなければいけない。逃げ出したいとも思った。どうせだめになるならと。
それでもメッセージを返した。するとすぐにある人と顔があった。あの人か、と思う。やさしそうな人だった。
「おまたせしました」小走りで近づいてきてそんな言葉を話した。
「いえ、まだ時間になってないです」緊張してはやく来すぎたのが悪いのだ。
相手の表情を伺う。相手もこちらを伺うような顔をしているのがわかった。それはそうだ。はじめてあった恋人候補が、いきなり涙を流しているのだから。まず、それに触れていいのかどうかで悩んでいるのだろう。
「すみません……、まず言わなければならないことがあります」
何度も事前に考えていた言葉を発する。
「気づいたとは思いますが、こういう病気です」頬を指さした。「どんなときでも涙が止まりません。今も悲しいとかなにかがあったとかではないです」
「そ、そうですか……」
やはり困惑している。それはそうだろう。
「黙っていてすみませんでした。もし、嫌でしたら、かえります」
相手は考え込むような姿を見せる。目が合った。
「正直、驚いています。嫌かと言われると答えにくいです。できればもっとはやく話してほしかったとも思いますけど、そうしたらここに来なかったかもしれません」
相手がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「でも、綺麗だと思います。あなたの涙が、綺麗なものだと思いました」
その言葉が嬉しいものだと感じられた。
やさしい人だとも思う。
それでもそれだけで終わることはできない。
「みなさん、そう言います。最初は」
もう四人目だ。そうして、喜んで付き合っても何度かデートするうちに、周りからの奇異の目に耐えられず別れ話を切り出される。
「これからも、会うたびに、同じように思ってもらえそうでしょうか?」
あなたのとなりに立つ人間の涙は、いつまでも綺麗なものだと。
この涙と一緒にいてもいいものだと。
ずっと涙を流している。 <了>