第45回 てきすとぽい杯
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あんたに会いたい
投稿時刻 : 2018.06.16 23:39
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あんたに会いたい
ポキール尻ピッタン


 昨日、爺さんが死んだ。大往生とでも言うのだろうか、大きな病気や怪我をしない人だたのに、逝くときはあという間だた。畳を掻き毟らん勢いで泣いていた嫁の肩を抱き、息子がなにも言わず寄り添ていた姿が目に焼き付いている。俺はあんなに取り乱すほど感情を顕にすることはできない。ただ爺さんが育てていた蘭棚のそばでうずくまり、寂しさに包まれるだけだた。
 10年前、生まれたばかりの俺は爺さんに拾われた。親のことはまたく覚えていない。兄弟の行方さえも分からない。瞼だてちんと開いていたかさえ分からない。一番古い記憶は天井の灯りと毛布の感触、未知の言語と巨大な生物に囲まれた不安と温かいミルクだ。
 しばらくのあいだ、自分が犬だという意識はなかた。いつの間にか家の外に住まわされ鎖で繋がれていた。散歩で出会う他の犬も紐で繋がれていたから、そういうものだと思ていた。正月や盆に息子夫婦が帰省すると、自分と違い家の中で過ごすことに気がついた。なんとなく、彼らとは違うと考え始めた。息子夫婦の子どもは俺をワンちんと呼んだ。爺さんが好きな春蘭からハルと名付けてもらたのに、爺さんも子どもに合わせてワンちんと呼んだ。時間が経つにつれて、自分が人間ではなく犬だと理解していた。しかも家族のようでありながら、本当の家族とは違うことも知た。婆さんが死んだとき、俺は家の中に入れてもらえなかたのだ。
 生まれてこのかた、俺には家族がいない。爺さんが死んだあと、息子夫婦がこの家へ住むようになたが、やはり家族のフリをしている。雨の日も雪の日も、俺はもう枯れてしまた蘭棚のそばにいる。息子夫婦の子どもが俺を散歩へ連れて行くけれど、義務感で嫌々なのを感じる。
 ある朝、首輪と鎖を繋ぎ止めている革が破れかかていることに気がついた。案の定、少し遠くまで走たら勢いで鎖が外れた。俺はこの家を出ようと決めた。人間みたいに家族を作ろうと思た。
 身体中の筋肉が興奮しているようだた。いつもの散歩道を、俺は全力で駆け抜けた。知ている犬に何匹か出会た。俺は、人間始めましたと宣言したい気持ちを抑えて彼らを無視した。俺の姿を見て、彼ら自身が気づけばいい。俺たちは人間じない。犬なのだと。
 見知らぬ景色が目の前に広がている。どれだけ走たかもう覚えていない。ここがどこかなんて分からない。ただ俺が目指した家族がある世界とは、またく異なる場所だとは分かる。俺は人間に追われていた。あいつらは俺を捕まえようとしていた。理由なんて知らない。俺はまだ、なにもしていないはずなのだ。
 人間は犬を殺す。最後の最後で知らなくていいことを俺は知てしまた。爺さんは教えてくれなかた。蘭を育てていたくらいだから殺し方を知らなかたのだろう。蘭を枯らせた息子夫婦は殺し方を知ていたに違いない。俺はもと早く、あの家を出るべきだたのだ。
 生まれ変わたらまた婆さんに会いたいと爺さんは言ていた。じあ俺は、爺さんの本当の家族にしてくれ。もう、それでいい。
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